不案内な所が、一ヶ所でもあろうとは思われぬ。たった四十分間に人に知られず殺したり鉄路に横たえうるであろうか。しかも己れの何倍も強力な力持が相手である。前夜に殺したとすれば日中人知れず隠しておいて、たった四十分間に、隠し場所から運びだして処置することは、さらに複雑面倒ではないか。しかし、凡人の考えあたわぬ難事を為しとげるのが、即ち彼の特別の才であろうか、菅谷は地形から可能の場合を考えてみたが、草深い田舎ではあるが、人家がないわけではない。田舎の地形というものは、無人の田圃《たんぼ》は平地で隠れ場がなく、人家は繁みの中にあり、またどこの繋みに人目があるか分らぬもので、人知れず事を行うに決して安全というわけではない。隠れ家を考えられないのである。
現場に最も近い人家はオタツとカモ七の家であるが、住む人物が特別だから時々騒ぎも起るし、騒ぎがなくても菅谷も、月に一度ぐらいは見廻りに行って、二人の風変りな男女の生活はよく心得ているが、二人は山腹の痩せ地をよく耕して、苦しい生活もしていないし、陰のある生活もしていない。オタツはカモ七が好きなのだ。こういう世に稀れな力持ちの大女は小男で働きのないカモ
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