あった。ホトケ様のような人が人を殺したり、孝行息子が親を殺す筈はないと世間の相場がきまっているから、そういう評判の陰に身を隠すぐらい安全な隠れ家はない。殺した人間を遠方へ運んで行って自殺に見せかけるような手間をかけても、評判が悪ければ何にもならない。
ところが、ここに、草深い田舎のくせに珍しい偽装殺人事件が起った。しかも、鉄道自殺と見せかけたものだ。
現代の皆さんは、ナンダ、珍しくもないじゃないか、と仰有《おっしゃ》るかも知れないが、当時はケゴンの滝へ身を投げるという新風に先立つこと十数年、まして三原山や錦ヶ浦は地理の先生でも御存知ない時の話だ。
すべて新風を起すとは容易ならぬことで、ケゴンの滝や三原山に狙いをつけるのも教祖の才によるらしい。死ぬについてもタタミの上や月並なところはイヤだ。死神につかれたギリギリのところで、こういう慾念を起すのはアッパレな根性で、風雅の道にもかなっている。そこで彼の発見した手口が先例となって後に続く無能の自殺者がキリもないとなれば、彼を教祖、開祖と見立てて不都合はなかろう。
ところが、鉄道自殺の開祖はハッキリしませんナ。明治の新聞をコクメイに調べ
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