ぬ存ぜぬ、もう二年間あの小屋へ行ったことがないと主張してゆずらなかった。
 菅谷はガッカリして、ひきあげた。そして、上京して新十郎に報告した。新十郎は慰め顔に、
「ガッカリなさることはありませんとも。いろいろのことが分ったではありませんか。特に、ガマ六や雨坊主の魔法の代用品が分ったのは何よりですよ。おまけに、古い炭小屋の存在まで分った。ナガレ目が白状しないのは問題ではないのです。たしかに着流しで裏山へ登った人々はその炭小屋をめざしていたのでしょう。あなたはすでに事件を解いているのですよ。たッた一ツ、いろいろのことを結び合わせるもの、結び目が足りないです。その結び目は炭焼小屋の近くか、小田原か、どこかになければならない。しかし、それが分らなくとも、すでに事件は解かれております」
 きいていた菅谷も花廼屋《はなのや》も虎之介もアッとおどろいた。特に菅谷は冷汗を流して、
「どうも私には分りません。ガマ六の屍体をムシロにつつんで夜に入るのを見すまして汽車の線路へ持って行くには、ただ歩いても一時間半、二時間ちかくかかりましょう。まして重い屍体を運ぶなどとは人間業ではありません。怪力無双のオタツだって、そんなことはとてもできません」
「むろん、できませんとも。しかし、この事件はそんな風に行われたものではないのです。とにかく、下曾我へ行って、結び目をさがしましょう。それが分れば別に複雑な事件ではないのです。明朝一番で出発いたすと致しましょう」

          ★

 明朝の一番では海舟邸の朝詣りが間に合わないから、虎之介が慌てて海舟邸へかけつけたのは夕食前だ。その時間が訪問に不都合だなどと云っていられぬ。
 しかし、それから二時間後、クラヤミの氷川町へ現れた虎之介はガッカリしたように首をふりふり、感無量であった。
「先生がモウロクされたとは思われぬが、年のせいか、どうも夕食すぎはにぶっておられる。キリンも老ゆれば虎に及ばずか」
 虎之介はシャレにならないことを呟きながら、ブリブリしている。
 翌朝顔がそろって、一番列車にのりこむ。花廼屋が虎之介をからかって、
「どうだ。氷川詣での御神託は?」
「夕食後はいかんわい。ボケておられる。オタツの怪力は分ったが、美人であろう、どうだと仰有る。知りませんナ。美人らしくもないようですな、と答えると、そこを知らずにタンテイができると思うか、オタツは美人にきまっている。世界中に一番助平なのは、遊女屋の客ではなくてそこの亭主だとさ。奴らが女をさがしにでるのはお客のためではなくて自分のためだ。どこかに今まで見たこともないような珍しい女がおらぬかと考えている。タダの女にあいてるのだな。そのような色ガキにオタツのような女はふるいつきたいような魅力だ。そこで言いよる。オタツも色を好む女だから、炭焼小屋で身をまかせたが、大金を所持しているのを知って男どもをヒネリ殺してしまった。オタツは小男を可愛がるが、大きな男や偉ぶった男はひねりつぶしたがる女だそうだ。虎もひねりつぶされないように気をつけろ。オタツは大そう美人だぜ、だとさ。アッハッハ。海舟先生も衰えたなア。年寄が諸事助平と見たがるのは、危い年頃だぜ。これを後世、老年期、あるいは老いらくの危機と云うなア。お前なんぞは若いうちから、危機つづきだなア」
 虎之介は海舟先生のミタテ違いに腹をたてて、花廼屋にまで毒づいている。
 国府津から人力車を急がせて小田原へ。ガマ六の家へ行ってタバコの道具を示して彼がこのたび持って出たものに相違ないのをたしかめたが、
「旅にでる前に、誰か人がきて御主人と打ち合わせていた様子はありませんか」
「別にそんなこともございません。フイに思い立ったように旅にでる習慣でした」
「御主人の毎日のきまった習慣はどんなことでしたか。朝起きて、顔を洗って、それから」
「夜がおそい人ですから、起きるのはヒル近いころですが、目をさますと花房さんへ朝湯につかりに参ります。ちょうど目をさますころ、十一時ごろが、あの銭湯の開店時刻なんです。ですが最近は遠い銭湯へ行ってましたネ」
「それはいつごろからでしょうか」
「そうですねえ。そうそう。お隣りの質屋の息子が窓から女湯をのぞくとかで高い塀をたてたでしょう。主人はヒドいことをしやがる、とブリブリ怒ってましたが、そのころから行かなくなったようです」
「それは珍しい話ですね。質屋の息子とこちらの御主人は仲がよかったんですね」
「以前はいくらか、何か、あったようですが、近ごろは訪ねて来なくなりましたね」
 風呂から戻って飯を食うと、箱根の店を三軒見廻りにでて、それからよそへ廻ったりして、おそく帰ってくる。それだけの生活だという返事であった。
 新十郎は花房の湯でも同じことを内儀にきいた。この内儀は良人《おっと》の死因に疑
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