カモ七は肥をあびた上に膝小僧をどうかして数日寝こんでいるのだ。
そこで改めてクサレ目にも注意を与え、カモ七が寝こんだほどだから、何か詫びのシルシに品物を贈って見舞わせ、それで手を打たせたことがあったのである。
これを思いだしているうちに、菅谷はハッと気がついた。これは、どうも、くさいぞ。オタツとカモ七の執念深さというものは大変なものだ。クサレ目にイヤガラセをした時だって、いつも石が的を外れたからよいが、命中すれば人を殺していたのだ。
ガマ六と雨坊主がオタツやカモ七に憎まれ殺される理由があるかどうか調べたことはないが、何か理由があれば、これはテッキリ奴らが犯人だ。なぜなら、ガマ六が汽車にひかれた場所はオタツらの小屋に一番ちかいし、クサレ目のアルバイトを知っているのは、どうやら被害者のほかにはオタツだけではないか。亭主のカモ七もその辺の深いことは多くを知らないらしく、クサレ目が生きているうちは安心ができないと謎のようなことを云っている。ノータリンがこう云うのだから深刻だし、こう云わせる相手の男もノータリン。ここには深いシサイがあるらしい、と考えた。
そこでガマ六と雨坊主を旅行におびきだしたのは誰か。彼らとオタツとカモ七にツナガリがあったかどうか、それを調べることに決心した。
★
菅谷は再びお客のフリをしてガマ六の遊女屋に登楼して例の女の客となった。
「ここも花房の湯も旦那方が御直々にサガミ女をさがして歩いていたそうだが、この店にもサガミ女がいるのかい」
「お多福で相すみませんが、私もサガミの女ですよ。鶴巻温泉からずッと山の奥へはいった方でとれたんです」
「じゃア、ガマ六旦那に掘りだされたわけだな」
「いいえ、私はゼゲンに目をつけられてここへ来るようになったんです。ゼゲンと云ったって、本職は炭焼だかキコリをしているウスノロじみた小男ですが、山から山を猿のように渡って歩く妙な早業があって、山奥の村を歩いて女を見て歩くのが人生のタノシミなんだそうですよ。猿の生れぞこないか、山男のように誰の目にも立たないから、この男に目をつけられているのを知りやしませんよ。旦那は主にこの男からきいて女を買ってくるのです。この山男は女を見て歩くのが道楽だから、口銭がタダのように安いせいもあるんでしょうよ」
「その小男は耳が大きいのだね」
「いいえ。耳は当り前ですが、目が真ッ赤でいつもタダれているのです」
的は狂った。サガミ女の手引きをしていたのはクサレ目にまちがいなかった。ガマ六や雨坊主が下曾我へ行くのは彼のためらしい。
「ほかにゼゲンはいないかなア。オレは小男で耳の大きなゼゲンを一人知っているが」
「そんなのはききませんね。もう一人、二十二の好男子がいるにはいますが、そこの花房の湯の隣に質屋があるでしょう。質屋の息子が内職にやってるのです」
「あの質屋はお金持だそうだが息子がゼゲンをやるとはワケがわからないなア」
「息子がゼゲンをアルバイトしてるのを黙って見てるようだからお金がたまるのですよ。ですが、あの息子のはタチがわるくて、山男のように山を渡り歩いて若い娘を見るだけが道楽じゃアないんですよ。色男でしょう。それに女タラシの名人なんだそうですよ。まだ若いくせにねえ。それも商売女には手をださずに、農家の娘を漁って歩いてるんですよ。あげくにそれを仲介してサヤをとって、結構、モトをとって、モウケている始末。一文も親の小ヅカイをもらわずに、存分に道楽してるという達者の倅《せがれ》なんです」
「それは変った話をきくものだ、ここや花房の湯もその倅の世話で女を買うことがあるのかね」
「深いことは知りませんが、そこにワケがあるようですよ。ここの旦那は山男の方を信用していたようですが、ちかごろは山男が花房の仕事にかかりきっていたようです。山男の口ききで新しくここへ来た娘《こ》がちかごろは居ませんねえ。ところが質屋の倅は、そのせいか、すっかり花房に袖にされたようですね。花房と質屋の境をごらんなさい。二階の窓よりも高い塀ができてるでしょう。質屋の倅が女湯をのぞいて困るというので、あの塀になったんだそうですが、それ以来、質屋の倅は花房の旦那を憎んで、誰にも分らないように殺してみせると人に語っていたそうです。ウチの旦那は質屋とモメゴトを起したようにはききませんが、花房も怖しいが、質屋の倅は花房よりも怖しい奴だと言い言いしたそうです。そのタクラミは七重にも八重にもいりくんでいて、尋常ではあの小倅に太刀打ちできる者はこの小田原には一人も居なかろうと言ってましたよ。何を企んでたか、私はきいたことがありませんがね」
菅谷は何食わぬ風を装っていたが、心は涯しなく吸いこまれていた。
草深い田舎の山猿や怪力女や耳の化け物どもの仕業としては芸が水ぎわ立ちす
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