いをもっているから、よく考えながら、
「そうですねえ。旅にでる前に特別誰かと打ち合わせもしませんでしたね。いつも急に思いたつのですよ。毎日の習慣と申しますと、私たちは夜がおそい商売ですから、朝寝で、おヒルちかくまでねていますが、あの人は建築業をやってますから、早起きで毎日九時ごろには起きて店の表へ出て『本日十一時開店』の札をだします。いえ、札を裏がえしにするんです。私たちがねる前に『本日終業』の方をだしておきますから、その裏を返すと『十一時開店』がでるのです。それから食事して、私たちの知らないうちに仕事にでてしまうのです。ですが、最近は、夜あけごろに一度目をさまして、入口の札を直したそうです。その後また一ねむりしたそうですが、そんなこまかいことが気にかかるのも、こうなる知らせと申しましょうか。なんとなく神経質でしたよ」
「塀を高くしたのも、朝早く起るようになったのと同じころからですね」
「塀を高くしたのは、それよりも早かったようです。私が高くしたのです。お隣りからのぞく人がいて困るというお客さんの言葉を再々きくようになりましたから。それは半年以上も前のことで、主人が朝早く起るようになったのは、それから三月四月もたってからでしょう。死ぬ二月前ぐらいからです」
新十郎は厚く礼をのべて去ったが、再びガマ六夫人を訪れて、
「失礼ですが、御主人がよその銭湯へ行かれるようになったのは、御逝去の一月か一月半ぐらい前からではないでしょうか。ちょッと大切なところですから、よく思いだしていただきたいのですが」
「そうかも知れませんねえ。私にはハッキリ分りませんよ」
「で、それから何か他の習慣にも変りがありませんでしたか」
「そうですねえ。花房の湯は色街のくせに開店がおそい。それを怒ってましてね。朝がえりのお客の間に合わないでしょう。主人も目を覚すのが早くなって、花房のひらかぬ時刻に、店のお客の朝がえりと一しょぐらいによその朝湯へ行くようになりましたよ。六時ごろでしょうねえ。五時半か六時半ごろ」
「朝湯のあとで一眠りなさらなかったでしょうか」
「よく御存じですね。朝酒をのんで、ヒルすぎまでグッスリ一ねむりでしたよ」
「どうも、ありがとう」
新十郎はそこをでるとニコニコして、
「どうやら結び目が分りましたよ」
彼は小田原の警察署で署長と密談していたが、たっぷり二時間もたってから、よう
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