、オタツは美人にきまっている。世界中に一番助平なのは、遊女屋の客ではなくてそこの亭主だとさ。奴らが女をさがしにでるのはお客のためではなくて自分のためだ。どこかに今まで見たこともないような珍しい女がおらぬかと考えている。タダの女にあいてるのだな。そのような色ガキにオタツのような女はふるいつきたいような魅力だ。そこで言いよる。オタツも色を好む女だから、炭焼小屋で身をまかせたが、大金を所持しているのを知って男どもをヒネリ殺してしまった。オタツは小男を可愛がるが、大きな男や偉ぶった男はひねりつぶしたがる女だそうだ。虎もひねりつぶされないように気をつけろ。オタツは大そう美人だぜ、だとさ。アッハッハ。海舟先生も衰えたなア。年寄が諸事助平と見たがるのは、危い年頃だぜ。これを後世、老年期、あるいは老いらくの危機と云うなア。お前なんぞは若いうちから、危機つづきだなア」
虎之介は海舟先生のミタテ違いに腹をたてて、花廼屋にまで毒づいている。
国府津から人力車を急がせて小田原へ。ガマ六の家へ行ってタバコの道具を示して彼がこのたび持って出たものに相違ないのをたしかめたが、
「旅にでる前に、誰か人がきて御主人と打ち合わせていた様子はありませんか」
「別にそんなこともございません。フイに思い立ったように旅にでる習慣でした」
「御主人の毎日のきまった習慣はどんなことでしたか。朝起きて、顔を洗って、それから」
「夜がおそい人ですから、起きるのはヒル近いころですが、目をさますと花房さんへ朝湯につかりに参ります。ちょうど目をさますころ、十一時ごろが、あの銭湯の開店時刻なんです。ですが最近は遠い銭湯へ行ってましたネ」
「それはいつごろからでしょうか」
「そうですねえ。そうそう。お隣りの質屋の息子が窓から女湯をのぞくとかで高い塀をたてたでしょう。主人はヒドいことをしやがる、とブリブリ怒ってましたが、そのころから行かなくなったようです」
「それは珍しい話ですね。質屋の息子とこちらの御主人は仲がよかったんですね」
「以前はいくらか、何か、あったようですが、近ごろは訪ねて来なくなりましたね」
風呂から戻って飯を食うと、箱根の店を三軒見廻りにでて、それからよそへ廻ったりして、おそく帰ってくる。それだけの生活だという返事であった。
新十郎は花房の湯でも同じことを内儀にきいた。この内儀は良人《おっと》の死因に疑
前へ
次へ
全29ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング