、ナガレ目はオタツの怪力にひねられてはイノチにかかわるから駐在所へ逃げこんだ。菅谷は話をきいてオタツの剣幕のひどすぎるのに閉口したから、
「ナガレ目がわざと肥桶を落したのではなくて、まちがって落したのだ。誰にもマチガイはあることで、ナガレ目も二度とマチガイはやるまいからカンベンしてやりなさい」
「いいえ。クサレ目の奴はカモ七を殺すツモリでわざと落したのにきまっています。ちょうどカモ七が通るときマチガイで肥桶が落ちるなんてことがあるもんですか」
「イヤ、イヤ。マチガイはいつ起るか分らんものだ。ちょうどそのとき通り合せた者が不運なのだから、そのときはマチガイで仕方がないとあきらめて、我慢してやらねばならん」
 オタツはプンプン怒って帰ったが、それからはナガレ目が道を歩いていると、松の木の上からタクアンの重石《おもし》のような石が落ちてきたり、自宅の前へきてヤレヤレと思うと屋根の上から大きな石がころがり落ちたりする。松の木やナガレ目の屋根の上にオタツが石をかかえ待ち伏せているのだ。ナガレ目はとても危くていつ死ねか分らないから菅谷にたのんでオタツを叱ってもらった。オタツは涼しい顔で、
「マチガイですよ。シッカリ握っでるツモリだったのにマチガイで手からすべって落ちたんです。クサレ目がちょうど下を通ったから運がわるい。マチガイは仕方がありません」
「バカ云え。ワザワザ往来の上の松の木や、他人の屋根へ登っていて、マチガイということがあるか。そんなところに登っているのは誰かを待ちぶせている証拠だ。マチガイというのはいつも自然に起ることと人のたまたま通りかかったのが重なったときを云うものだ。お前のような理不尽なことをしたり云ったりすると、今度から牢屋へブチこんでしまうぞ」
 オタツは散々油をしぼられた。オタツはその後イヤガラセをしなくなったが、足の怪我が治ったカモ七が執念深い。クサレ目が炭焼に山へ行くと、身をかわしようもない細い崖を大石がころがり上からマッシグラに落ちてきたり、頭上の密林から石が落ちたり、生きた心持もない。一度は崖を這うツルにすがりついて一歩あやまれば谷へ落ちる危いツナ渡りをして一命を拾ったこともあった。そこで、また駐在所へ泣きついたがへ菅谷もその執念深さた呆れ果てたとはいえ、考えて見れば自分のやり方もまずかった。オタツの剣幕がひどいので一方的にオタツを叱ったが、元来
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