られる。常識的にはそう考えられるが、そう目安《メヤス》が彼に当てはまるかどうかも疑問であった。
オタツとナガレ目がはげしい論争をくりかえして、論争の結果は必ずしもオタツに有利でないことをきいて、オタツの亭主のカモ七が菅谷巡査につれられて警察へ陳情にきた。カモ七を見ると探偵たちは異様の感にうたれた。カモ七の目は流れていなかったが、顔全体が流れているようなものだった。どこにもシマリがない。何かが留守でなければ、こんな顔にはならないだろう。ところが一ツだけ目ざましく雄大で生気があるのは二ツの耳であった。カモ七の頭の中央がピョコンと尖っていなければ、頭と耳の高さが同じぐらいであろう。その幅もカシワモチが包めるぐらい広かったが、しかしウスッペラではなくて人目にふれずに見事に天寿を全うしたキノコのように肉ヅキがふくよかであった。この耳を育てるためにうまれてきたように見え、彼の全体が鉢植えのキノコ、たしかに植物のように見えた。
カモ七は一同にオジギすることを忘れていた。彼が警察へきたとき、ちょうどオタツとナガレ目の第何回目かの対決中であったから、彼はのぼせて、道々言い含められたことを忘れたのかも知れない。菅谷巡査にこづかれると、彼は切なそうに、
「オタツ、やせたなア」
と涙ぐましい声をふりしぼった。それは何物も思い出せなかった代りに、あまりの切ない現実に目をうたれた真情をあらわしていたが、誰の目にもオタツのやせた様子は認められないので、タンテイたちはギョッとして、これから、どうなることかと思った。
けれどもカモ七は見かけは留守のようであるが、実に驚くべき雄弁であった。
「オタツのウチがマンナカで、オレのウチとクサレ目のウチがアッチとコッチにありました」
と、手で地図を説明するように器用にふりながら、誰の存在もそう大して気にかからないように、彼は演説しはじめた。クサレ目というのはナガレ目の他の表現だが、クサレ目の方がきびしいらしく当人がテキメンに立腹するから、彼を侮辱するために呼びかける時はクサレ目を用いるのが普通であった。
「オレが十一のときオタツが九ツで二人は夫婦の約束をしましたが、クサレ目はオタツに惚れてヨメになってくれとたのんだがクサレ目はキライだからとことわられました。そのときからクサレ目はオタツにもクサレ目をうつしてやろうとオタツの通りかかるのを隠れて狙ってい
前へ
次へ
全29ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング