まア、たまにネ。ふだんは秀才でシッカリした人だが、ああなると人が変って手に負えないね。口論だって大したことじゃアないよ。友達同士だもの」
「相手は?」
「なに、友だちだよ。内輪のことだよ。栃尾さんとあの人だもの、仲よしで秀才同士だよ、喧嘩じゃないよ。酔っ払ったら、あたりまえのような仲よし同士の口論なんだよ」
「別にお二方の秀才が悪いことをする筈はなし、お二方の悪事をしらべてるんじゃないよ。実はお二方の一人の行方が知れないので身寄りの方から調査依頼があって、それで昨夜の足どりをきいてるのだから、その口論の様子なども一応きかせてもらいたいね」
「へい。そうですかい。栃尾さんはさッきウチへカサを返しに来たから、するてえと時田さんが行方不明かね。だって若い男だもの、一晩ぐらい沈没したってフシギはないさ」
「さ。それがだ。実は今晩、見合いとか、なんとか重大な要件だから、至急居場所をつきとめて貰いたいと、実のところはこういう内々の警察には珍しい大そう粋なことで頼まれたのだよ」
「なるほど。そうですかい。それにしては、そんなこと、ゆうべは一言も仰有らないね。ブッ。笑わせるよ。口論の元というのが実際つまらん話じゃないか。母里さんのウチは田舎のお盆や何かで皆さん帰郷して、残っているのはあの方ひとり、あと四人の召使いだけだってね。その中の三人までがカミナリのたびにテンカンを起すそうで、すると正気で残るのが何とかいう女中一人だそうだよ。それが大そうなベッピンだってね。カミナリが鳴りだしたから、泥酔した時田さんがオレを泊めろと母里さんに云う。皆さん留守だし、正気なのはアノ子だけだから、オレに手を握らせろなんてネ。酔ってのイタズラだが、云い方がしつこくて、あくどいね。それで栃尾さんが怒ったのさ。いえ、母里さんじゃないよ。栃尾さんがよ。大したことじゃアないやね。しつこいのは止せッてんで二ツ三ツ時田さんをぶッたかね。ぶたれたのは時田さんよ。酔ってるもの。ひどい泥酔よ。足腰てんでシッカリしないや。その二人を引きわけて、母里さんが時田さんを担ぐようにして送って帰った筈だがね。家へ帰って飲むからと母里さんは貧乏徳利ぶらさげてね。その時はまだ雨は降りださないよ。栃尾さん、川又さんは後まで残ってまた少しのんだが、そのうち雨がふりだしたから、やむまで待つツモリだったらしいが、やむどころか大変な大雷雨になって益々ひどくなる一方だから、ウチのカサをかりて帰って行ったよ。そうだね。先の二人が帰ってから一時間ぐらい後だったネ。え? 雨が降りだした時刻だッて? そいつは分らないが、時田さん母里さんが帰ったあと十分ぐらいからポツポツきて、大雷雨になったのはそれから三十分ぐらいたってのことだ。後のお二人の帰るころから、絶頂になって、それからのビリビリバリバリ、ひどいの長いの凄いのオレが生れて以来の大カミナリさ」
きいてみれば口論の相手は栃尾で、殴った方まで栃尾とは人をくった栃尾の口ぶりではないか。時田は泥酔して足腰も定まらないほどだったというから、自宅へ帰れずその途中の母里のところへ泊ったのかも知れぬ。玄関の泥の足跡がもつれていたのはその証拠のようであるが、ハゲ蛸の話だとポツポツきたのが二人が去って十分あとだというのに、お手が鳴って三枝子がハイと立ったのは大雷雨の絶頂に達してからで、すくなくとも彼らがハゲ蛸をでてから一時間あとでなければならぬ。ハゲ蛸から母里家まで並足で三分か五分ぐらいのもの。くらい夜道で、どうもつれて歩いても、二十分か、三十分後に到着しない筈はない。
「変だなア。お手が鳴ったのは、たしかに大雷雨の真ッ最中になってからだそうだが、口論の起りが三枝子さんのことで、殴った方が栃尾だとすると、栃尾は三枝子さんにかねて懸想《けそう》していたのかも知れないようだ。他の三名の召使いがカミナリデンカンだということを一同が知っていたとすると、栃尾がある目的でひそかに忍びこんだと疑うこともできる。さすれば奴めの本が落ちているのは当然だ。奴めは時田に貸した本だと云うが、あのシャア/\と人を食ったことを云う栃尾の言葉が信用できないのは分りきったことだ。だが、まア、時田に先に会ってみましょう」
遠山巡査は若いけれども、なかなか目がとどいている。彼の言に一理ありと重太郎も感心した。だが、栃尾はメガネをかけていないではないか。
「昨夜の四人のうちでメガネをかけているのは誰ですか」
こう重太郎がきくと、ハゲ蛸は考えて、
「メガネをかけているのは、たしか、時田さんだけだね。そう、そう。酔っ払いというものは、よくメガネを落すね。時田さんが担がれるようにして店をでたときメガネを落したね。イナビカリがあって、母里さんがすぐ拾ってあげたよ」
「四人の方々が食ったのは馬肉のナベだね」
「へい。そう。ほ
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