フタをとじるのはピカピカの侵入をふせぐためと、ゴロゴロの音を小さくするための最上の策だ。
そのうちに雷雨が猛然ときたから、三枝子は各部屋の雨戸をしめてまわる。大学生の由也は夏休み中でもあるが、父母が居ないから連日外出して帰宅がおそく、時には泊ってくるようなこともある。外泊は今まで例のないことであるし、帰宅が十一時十二時をすぎることも父母の居るときは例の少いことであったが、父母の不在になってからは殆ど連日のことで、この日もまだ戻ってこない。三枝子は各部屋の雨戸をしめ、門もしめてクグリ戸だけカンヌキをかけないでおいた。また、由也の部屋には寝床をしき、机上の燭台に火ウチ石とツケ木をそえて、彼が帰宅してもまごつかぬように揃えておいた。また土ビンに水をいれて湯呑みを添えて枕元へおいた。
三枝子が以上のことを果したことがなぜ判るかというと、三枝子が各部屋の雨戸をしめるために立上ったとき、当吉がフトンの中から声だけだして、門をしめることをたのみ、ラクは由也の寝床のことをたのんだ。これは両者の果すべき役割で、この家のサムライ気質のせいか、由也の寝床の始末だけは若い女中がやらずにラクがやる。
さて三枝子が頼まれたことを果して戻ってくると、当吉はフトンのフタをあけずに、クグリ戸のカンヌキはかけずにおいたかと確かめたし、ラクは机上の燭台のことと枕元の水のことを確かめ、由也はまだ戻らないことも確かめた。
いよいよゴロゴロが頭上にせまってきた。ピンピンキーンとはりさけるような落雷音。天地はわれる思い。由也が帰宅したのはそのさなかである。三枝子が「ハイ」と叫んで立上ったようだから、オソノが、
「なアに?」
フトンのフタをあけずにこうきいた。オソノだけが質問したのは、まだしも彼女が一番生色が残っていたせいらしい。
「お帰りのようだわ。今、そこでお手が鳴ったの」
三枝子はこう答えて去った。お手が鳴ったというが、雨戸をうつ豪雨の物すごい音のさなかではあるしフトンのフタをシッカと閉じた三名にはそのお手の音がきこえなかったが、三枝子はそこで[#「そこで」に傍点]お手が鳴ったという。由也の部屋は女中部屋からズッと離れていて、大豪雨と大雷鳴の最中に部屋でお手を鳴らして聞えるとは思われないから、わざわざ女中部屋の近くまできてお手を鳴らしたものらしい。玄関にも距離があるので、由也が玄関の戸をあけて戻
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