ていらッしゃい。なお、あなた方は自分の方法が失敗だった、そのために敵に裏をかかれたと思い当るたびに方法を改められたのですが、そのために却って大きな失敗をしていますが、これはお気づきになりますまい。それは今度いらッしゃるまでに私が調べておきましょう。では、三日後にお目にかかりましょうか」
 その三日後であった。重太郎と遠山が調べてきた十の答えはこうであった。
 一。三枝子が持ち去った手燭は仏壇にあった。仏間は由也の寝室と青磁や皿がわれていた座敷の中間である。
 二。貧乏徳利はエンマ堂の前にカラになってころがっていた。エンマ堂はハゲ蛸から由也の家へ行く道筋の墓地のはずれにあって、その堂内には二ヶ月前からひそかに一人の乞食が夜間の住居にしており、重太郎の巧みな方法で彼の口をわらせることに成功したが、二人はエンマ堂に腰かけて徳利の酒をのんでいたらしく、大雷雨になってから立去った。二人が去ると乞食はいそいで出てみたが、徳利は横にころがって、中味は殆ど残っておらず、二人の一方は甚しく酔っていた。
 三。その足跡の大小はオソノの記憶にはない。足跡の大小に気附かぬうちに真ッ先にふいたからである。
 四。泥の足跡をふいたと思れれるものは発見されていない。
 五。由也のぬれた着物は部屋の隅に脱ぎすてられていた。由也はネマキをきてねたらしく、そのためか、由也のフトンは押入の中から発見された他の泥だらけのフトンよりも泥の附着が少なかった。
 六。母里家から紛失したものは今のところ分らない。
 七。由也の入質品はムカデの茶器が受けだされる迄は受けだされたことがない。ムカデの茶器とともに質流れをまぬがれていた品物の全部が受けだされた。それは小刀一振。能面一ツ。色鍋島の皿一ツである。以上の三ツは利子も加えて合計五百五十円ほどである。
 八。ムカデの茶器はわずかに五百円で入質されていた。それは使いの小女がそれぐらいでよいとの口上をうけてきたからであった。
 九。ムカデの茶器は現在母里家にあると母里大学が言明した。彼はそれが何人かによって留守中に入質されたことを知らないらしく見える。
 十。それがうけだされた晩は由也は夜ふけの十二時ちかく帰宅した。その晩は三枝子の失踪が発見しての第一夜であるから、残った三人の召使いは男の当吉も含めて女中部屋に由也の帰宅を待っており、彼が帰るまでは誰かが朝まで起きてい
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