益々ひどくなる一方だから、ウチのカサをかりて帰って行ったよ。そうだね。先の二人が帰ってから一時間ぐらい後だったネ。え? 雨が降りだした時刻だッて? そいつは分らないが、時田さん母里さんが帰ったあと十分ぐらいからポツポツきて、大雷雨になったのはそれから三十分ぐらいたってのことだ。後のお二人の帰るころから、絶頂になって、それからのビリビリバリバリ、ひどいの長いの凄いのオレが生れて以来の大カミナリさ」
 きいてみれば口論の相手は栃尾で、殴った方まで栃尾とは人をくった栃尾の口ぶりではないか。時田は泥酔して足腰も定まらないほどだったというから、自宅へ帰れずその途中の母里のところへ泊ったのかも知れぬ。玄関の泥の足跡がもつれていたのはその証拠のようであるが、ハゲ蛸の話だとポツポツきたのが二人が去って十分あとだというのに、お手が鳴って三枝子がハイと立ったのは大雷雨の絶頂に達してからで、すくなくとも彼らがハゲ蛸をでてから一時間あとでなければならぬ。ハゲ蛸から母里家まで並足で三分か五分ぐらいのもの。くらい夜道で、どうもつれて歩いても、二十分か、三十分後に到着しない筈はない。
「変だなア。お手が鳴ったのは、たしかに大雷雨の真ッ最中になってからだそうだが、口論の起りが三枝子さんのことで、殴った方が栃尾だとすると、栃尾は三枝子さんにかねて懸想《けそう》していたのかも知れないようだ。他の三名の召使いがカミナリデンカンだということを一同が知っていたとすると、栃尾がある目的でひそかに忍びこんだと疑うこともできる。さすれば奴めの本が落ちているのは当然だ。奴めは時田に貸した本だと云うが、あのシャア/\と人を食ったことを云う栃尾の言葉が信用できないのは分りきったことだ。だが、まア、時田に先に会ってみましょう」
 遠山巡査は若いけれども、なかなか目がとどいている。彼の言に一理ありと重太郎も感心した。だが、栃尾はメガネをかけていないではないか。
「昨夜の四人のうちでメガネをかけているのは誰ですか」
 こう重太郎がきくと、ハゲ蛸は考えて、
「メガネをかけているのは、たしか、時田さんだけだね。そう、そう。酔っ払いというものは、よくメガネを落すね。時田さんが担がれるようにして店をでたときメガネを落したね。イナビカリがあって、母里さんがすぐ拾ってあげたよ」
「四人の方々が食ったのは馬肉のナベだね」
「へい。そう。ほ
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