家の財産は久吉のもの、つまりオレの物だ。老いぼれ狸は白ッぱくれて当家の財産はこの一万円だけだなどと云っているが、オレは昔この目で見て知っている。もっと大財産がある筈だし、爪で火をともすようなケチンボーがその財産を一文たりとも減らしている筈はない。老いぼれが死んでみれば分ることだが、とにかく、常友の奴が水野の戸籍の人間になる前に万が一にしてしまえばいいわけだ。なに、オレの実子だなどと笑わせるな。オレはあんなバカな子供を生んだ覚えはないな。こッちがわが子とは思わないのに、わが子と称する怪物は尚のこと万が一にした方が清々としてよろしいようなものだ。
志道軒はこう考える。酒の酔いにつれて益々殺意がたかぶるにきまっている。
左近は一万円と久吉をつれて自分の部屋へひきこもる。四名の男と一名の女が酔っ払って一室にのこる。この夜、この機会を失えば、実の兄弟、父子といえども、再び一室に宿泊するはおろかなこと、たまたま同席するたった十分間の機会があるかどうかも疑わしい。
左近は夢中にのびあがって倉三の耳に益々口を近づけて、手の障子をかたく張りまわして、
「ナマズと出前持は八千円のことで酔えば酔うほど
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