側から左右にカンヌキがかかるようになっている。しかし、そのカンヌキはかゝっておらず、開けることができた。
戸口にちかいところに、左近が妙なカッコウにゆがみながら俯伏して死んでいた。背後から左近の背のほゞ中央を突いた小太刀が、ほとんどツバの附け根まで指しこまれ、肝臓の下部のあたりを突きぬいて一尺ほども刀の尖がとびだしていた。
左近の屍体の近所には、フシギにも、八本の刀のサヤと七本の刀身がちらかっているが、いずれも刀身はサヤから抜き放れて別になって散らかっており、サヤが一本多いのは、刀身の一本が左近の身体にさしこまれているせいであった。
その奥の部屋には、二ツの寝床がしかれていた。
ミネが死んでいる部屋は全てがキレイに片づけられて、整頓されており、多数の人が泊ったあとは見られない。寝床は左近の奥の部屋に二ツしかれているだけだ。枕も各々に一ツずつ。どちらも一度は人がねたらしい形跡があった。
「おそくまで多勢の話声がしていたが。あの時刻から帰宅できるとすれば、近所に住む人々に限るようだが」
「多勢の客がいた跡がないのはフシギだね」
と、昨夜の意外な来客の様子が特に深く印象されている二人の隣人がいぶかりながら台所を通って出ようとすると、――あった。おびただしい食器類がタライの中にゴチャ/\つめこんであり、その中にはこのウチでふだん用のない筈のカン徳利もタクサンある。そして台所の片隅に一升徳利が三本もあった。
場所が近いので、結城新十郎は古田巡査の迎えに応じて直ちに出動した。
新十郎がビックリしたのは、抜身の刀が左近の屍体の附近にしこたま散らかっていることだった。散らかっている抜身のどの一ツにも新しい血の跡はなかった。新十郎は左近の部屋と、ミネの死んでいた隣室との唯一の通路たる厚い板戸をしらべ、板戸の左右、三尺ほどの高さにあるカンヌキをしらべ、そのほかに、左近の屍体のあたりの壁の上方に欄間があって、二寸角もあるようなガンコな格子がはまっているのに注意したが、その格子に手をかけて揺さぶると、それはシッカリはまっていて、一度も取り外されたような形跡は見られなかった。
そのとき、そッと顔をだしたのは大原草雪である。彼はキマリわるそうに、
「一寸《ちょっと》お知らせしたいことがあるんですが」
と新十郎に挨拶して、倉三からきいた左近のフシギな実験についての計画を物語ったのである。ここに於て局面は一変し、当日の出席者たる志道軒、常友、正司、幸平、ならびに久吉も呼ばれて各々別室に留置され、また、いったん小田原在の生国へ立ち戻った倉三も呼びだされた。彼は事件のあった日の夕刻、まちがいなく生国へ戻っており、その夜のアリバイはハッキリしていた。彼の無罪は明らかになったが、その証言が重大であるために、彼は最も鄭重《ていちょう》な扱いをうけて警察に宿泊することとなったのである。
ところが、こんな奇妙な事実はあるものではない。倉三の証言によって、当日水野の家に参集した筈の人物は全部個別的に取調べをうけたが、彼らの全ては、当日たしかに水野家へ参集したことをアッサリ認めたばかりでなく、酒宴となって夜更けまで酒をのんだこと、左近と久吉がその専用室へ立ち去って、そのとき厚い板戸は左近の手で閉じられて直ちに内側からカンヌキをかける音がハッキリきこえたこと、とりのこされた四名の男とミネは各自ミネに手伝って部屋の食事を片づけて、終ってミネが部屋を掃きだしてから五名の寝床をしいたこと、板前の職人だった常友が甚だ熱心に食器洗い等に立ち働いて甚だしくミネの感謝をかい、出前持の幸平はそれが目下の本職であるにも拘らず手伝いに加わらないので、
「だから、お前は……」
と、ミネに云われた。その言葉の終りは聞きとれなかったが、すると幸平はいきなり手の近くにあった皿をとって台所の方へ投げつけた。それは台所に接する壁にぶつかって割れたが、それまで幸平と同じように手伝うことを怠っていた正司は、それにハッとして立ち上ったが、にわかに台所へ歩いていって、然し皿洗いに働く常友や食器の運搬に立ち働く志道軒には目もくれず、一升徳利のところへマッシグラにすすんで、それを両手に持ち上げてラッパ飲みにしはじめた。
倉三が左近から打ちあけられた話であるが、常友の持参した八千円と志道軒の持参した一万円を予定通りの方法で予定の人に授与したのは事実で、相続者としては常友が正当な嫡流であり、ただし水野家の籍に直るまで一万円は次の相続者たる久吉に預けてその身柄を左近が預る、ということも、実際そのように左近の指定発言が行われたのであった。
一同は後を片づけてから寝床をしいて眠った。特にねる場所に注意したのはミネで、彼女は正司と幸平の中間に場所をしめ、二人の実子に己れの左右にねむることを指定した。その注意
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