左近は自分がムコになったようにニタリニタリとなんとなく相好をくずすていたらく。三百円貸していただいて身請けはさせていたゞいても常さんの板前の稼ぎではいつ返済できるか分らない。それを思うと板前さんの稼ぎなんて心細くて、たよりない。吉原で相当格式のある貸座敷の主人がワケがあって近々廃業帰国することになり、家財も娼妓もついたまゝ八千円で売りに出ているが、この商売なら五年もかゝれば元利をきれいに返済出来る見込みがある。自分も悲しい苦界づとめのおかげで、この商売の経営には自信があるのだが、アア、お金がほしい……。
左近はこの言葉を小耳にとめたが、それは知らぬ顔。とにかくポンと気前よく三百円だしてやって、二人を結婚させた。さて八千円かして二人に貸座敷をやらせると、どう云う事に相成ろうか。月々貸した金の利息をとりに行って、その日はゆっくりとたゞで傾城の部屋へ坐っていろ/\と女の話をしたり、手や膝がふれるとか、まアなにかのハズミでいろいろ思わぬタノシミができるであろう。左近はそう考えめぐらすだけで、なんとなく楽しい毎日をすごした。
彼は勿論本当に八千円の金を貸してやろうなぞと考えていたわけではなかったが、ちょうどそこへ勘当して以来二十五年も音沙汰のなかった志道軒ムラクモが女房子供をつれて親不孝のお詫びにと訪ねて来た。女房は芸者あがりの恋女房、春江といって三十。久吉という十になる一人息子をつれて高価な手みやげを持って訪ねて来た。自分は幇間をやり、女房にはチョッとした一パイ飲み屋をやらせて生活には困っていない。たゞなつかしさに一目だけでも拝顔して重なる不孝のお詫びをしたいと矢も楯もたまらずという、そこは多年の幇間できたえた弁舌、情味真実あふれて左近の耳にも悪くはひゞかない。
「ペラペラとよく喋るな。その舌でお金をかせぐのか。薄気味のわるい奴だ。お茶坊主のように頭をまるめているが、腹は黒いな」
「恐れ入ります」
「金が欲しかろう」
「慾を云えばキリがありませんが、毎日の暮しには事欠いておりません」
「慾を云えばいくら欲しい」
ムラクモは父の薄笑いを満身にあびてゾッとした。その薄笑いは悪い病気をやんでいるようだ。笑いが病気をやむというのはおかしいが、水野左近が笑っているのではなくて、一ツの薄笑いが彼の顔にのりうつっているように見える。その薄笑いが何か悪い業病につかれているようだ。ひょ
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