が入れてあるのは祖父の手であるらしい。年月日が記してあり、十一二から上京までの作品であった。十一二の作品すらも読みこなす力は光子にはなかったが、理解しうる部分だけでも凡庸ならぬ天才が閃めいているように見うけられた。
「これがキチガイであろうか!」
 光子の胸をつきあげた思いはその一事である。なるほど、テンカンというものはヒキツケを起した時のほかは異常がないということだ。さすがに本家の後嗣たる風守である。人デンカンという奇妙な業病にとりつかれても、衆に秀でた天才にめぐまれているのであろう。しかし、ヒキツケを起さぬ時には天才とも云うべき風守を常時座敷牢に閉じこめるとは何事であろうか。他の人ののぞくこともできない奥庭もあるし、他の人の踏みこめない多くの部屋もあるのに、なぜ座敷牢に入れなければならないのだろう。
「なぜ座敷牢が必要なの?」
 と、光子はボダイ寺の英専に訊いたものだ。老僧は苦悶を隠してしばし沈黙していたが、思いきって答えてくれたのである。
「それはな。これをちかごろの言葉で夢遊病と申すそうな。寝たまに起きていろいろのことをおやりになる。そういう奇病がござるために牢にお入れ申したも
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