ず直立合掌してピョン/\とびはじめ、座敷から自然に庭へとび降り、またとび上ってみせる。一同をおどろかしておいて、
「サア、次にコクリサマをはじめよう。私のコクリサマは筆を握って字を書くのじゃないよ。手を一ツもふれずに自然に、立てた筆がうごいて神意をあらわす」
 彼は道具をつくってテーブルの上へおいた。
「さて、神意を承るについては、かりそめにも神様を疑ってはいけない。神様は必ずあるものだ。そして、ここへ現れて下さる。だから、冗談やフザケた気持でお伺いをたててはいけませんよ。まず、何をききましょうかね」
 一同の返事がないので、彼はうなずき、
「このコクリサマは女子供の遊びのコクリサマとちがって、本当に神様をおよびするのだから、つまらぬ伺いをたてたり、二度も三度も神様をお呼びしてはいけません。ひとつ、大事なことを、おききしようじゃないか。幸いここには英信さんという生き証人がいるから、神様のお告げが正しいかどうか教えてもらうことができる。今日は風守さまの御誕生日だから、風守さまについて神意をお伺いするのが何よりだね。風守さまは、御自分の誕生日だというのに顔も見せて下さらないが、今、どんなにしていらっしゃるだろうか。そして、御病気はどんなだろうか。それを神様にお伺いしてみようじゃないか。ねえ、皆さん」
 子供たちは顔を見合わせて緊張したが誰もが答えるものがなかった。しかし緊張の様子を見れば子供たちの好奇心は一目リョウゼンだ。いささか酔って赤くなった英信だけは緊張もしないし、つまらなそうだ。風守がどんな暮しをしているか、いつも見ている英信には全然珍しくないのは当り前の話である。彼はつまらなそうに首をふって、
「バカバカしい。風守さまが何をしているか、そんなことがコクリサマに分りゃしないさ。まア、木々彦さんのお嫁さんがどんな人だか、世間なみなことをきいてごらん」
「アレ、アレ。この坊さんは世間知らずだと思ったら、世間なみのコクリサマをよく知っているよ。だが、私のは世間なみじゃアないから、まア、見ていてごらん」
 彼はテーブルのまわりへ五人それぞれ位置を示して正座させ、一々その姿勢を直してまわる。そして一同の両手の指を軽くテーブルの上へのせさせた。彼も亦同じような姿勢をとった。彼は一同に命じて息を正しくととのえさせた。
 やがて彼は型の如くにコクリサマを呼びはじめた。同じ呼びかけをくりかえす。声が高まる。一同は自然に鬼気を感じてきた。もはや、笑いごとではない。呼びかけは高潮し、木々彦の髪の毛が逆立ち騒ぐかと思われるほど妖しく狂おしく波うち高まる。フシギや、テーブルが動きはじめた。コトコトとうごく。うごいて、とまる。にわかにはげしく揺れはじめる。静かになる。走るように、うごきはじめる。次第に小さくなり、やがて静止してしまう。また、コトコトとうごきはじめる。コクリサマを呼ぶ木々彦の声は、病的になり、やがて苦悶をあらわして、まるで鳴咽するように息苦しく、せつなくなった。全身に苦痛がみちあふれて、身をねじくっているようだ。その痛ましさ物凄さに一同は身の毛がよだち、銘々が鋭い痛みを感じるようにさえ思われたのである。木々彦の断末魔のような一声につれてテーブルがガタリと揺れてやみ終ったとき、
「ア、ア」
 という叫びをもらして、木々彦はバッタリ卓上に伏していた。彼の上体はケイレンしていた。まるで彼の魂が、彼の身体から静かに離れつつあるようであった。長いケイレンが終ってから、彼は静かに上体を起した。酔ってユデタコのようだった彼は、今は全く蒼ざめていた。彼はホッと息をついて、一同にニッコリ笑いかけ、
「まるで今日はコクリサマにハラワタや心の臓をかきむしられたように苦しかった。いつもはこんなではないのだが、コクリサマも今夕はあまりの難題で、御立腹だったらしい。私は途中でたまらなくなって、いっそ止めにしていただこうと何度思ったか知れやしない。コクリサマのお告げはなんと出ているのだろうか」
 木々彦は道具を分解して筆をぬいた。そこには、たしかに何かが書かれていた。木々彦はその台紙をとりあげて判読しようとしたが、よほど意外であるらしく、彼の顔はひきしまって、いぶかしさに鋭くゆがんだ。
「どうも、妙だ。どうしてこんなお告げがでたのだろう。ワケが分らない。しかし、奇妙じゃないか」
 彼は人々にそれを示しながら、
「どうしても、そう読むらしいね。きょうしぬ」
 木々彦の声がふるえた。一同はゾッとして台紙の上に目をよせた。妙な模様が描かれているが、しかし、もしも文字に読むとすれば、ヒラガナで、きょうしぬ、と読むしかないようである。
「フシギだね。これはどういうことだろう」
 木々彦は英信をジッと見つめて、きく。英信も台紙の文字をじッと見ていたが、やがて、目を放して、つまら
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