をゆだねられて、怪事件の解決にのりだすこととなったのである。
★
本家の家族は八ヶ岳山麓へひきあげていた。学校へ行かねばならぬ光子も文彦も、喪のあけるまで、まだ当分は上京しない様子であった。東京に残った召使いは、故郷の村から連れてきた人たちではあったが、別館へ足ぶみしたことのない者ばかりで、彼らから多くのことを訊きだすことはできなかった。ともかく水彦一枝の父子や別荘居残り組の召使いから訊きだすことができたのは、きわめて空想的な多久家の相続問題や風守の病気についてのアウトラインにすぎなかった。
新十郎はそれを整理して、風守の生母が自害したという風説がそれまでに知り得た最も重大な何かだと思った。
新十郎は八ヶ岳山麓まであくまでつき従うという盤石の決意をくずしそうもない花廼屋《はなのや》と虎之介に、ちょッと淋しそうな顔をして、こう言った。
「八ヶ岳の麓の村では、多久家は神様ですよ。信仰深い村人から神様の秘密をききだすことができると思いますか。一人のこらず貝のように黙りこんでしまうでしょうよ。それでもこの旅行に興味がもてますか」
「アッハッハ。貝殻に喋らせるには、田舎通人の極意があるね」
と花廼屋はアゴをなで虎之介はダラシなく帯をしめ直しながら、
「すべて緩急の呼吸は剣術に似て同じもの。人情のキビも剣術の呼吸ではかれる。お若いうちは、ここが分らないものだ」
と悦に入って高笑いした。こうして一行は八ヶ岳山麓へ到着したのであった。
村人たちはまさにカキのように口を開かなかったが、意外なところに、そうでもない人たちがいた。それは多久家の人々であった。彼ちは怖しい圧力をうけていた駒守の死によって解放されていたし、また自ら潔白であったから、気附いたことを語るのに怖れなかった。特に光子がそうであった。
彼女は出火直前の英信の様子が不審であったことについて、一枝に同意の証言を行うことを慎しむように心掛けた。新十郎たちの調査の主点がそこにあると思ったからである。その点こそ、出火事件の最大の秘密であると自ら信じていたせいだ。彼女はそれを隠した代償に、英信についての他のことはみんな喋った。
新十郎は、藤ダナの下で英信が光子と交した言葉に甚しく興味を持った。それをきいた良伯が目をまるくして棒をのんだようになったのである。その会話のすべてについてではなく、一
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