なそうに、
「ナニ。今日は死なないね。あんたのコクリサマが、まちがっただけさ」
木々彦は訝しそうに英信を睨みつけたが、すでに精根つきたらしく、
「ア、ア。つかれた! 全力をだしつくしたようだ。しばらく、どこかで、静かに休ませてもらおう。血の流れが滝のように落ちて行くような気がするよ」
とフラフラ立上って、よろめくように別室へ去ってしまった。英信は分解されたコクリサマの道具を附合わしたり解いたりしていたが、
「こんな道具を用いて神様をおよびしてお告げが伺えるなら、私なんぞ師について苦しい勉強をすることはありませんね。筆を台紙の上へ逆さに立ててガタガタゆすぶれば、なにか字らしいものが現れるのは当然だ」
すると一枝が抗議して、
「そうじゃないと思うわ。たしかにテーブルが自然にうごいたと思うわ」
英信は、なんだ、バカな、という顔で答えなかった。すると、いかにもフシギそうに、一枝に同意を表したのは光子であった。
「私も一枝さまの仰有るように思うのよ。テーブルのゆれるように私の手もゆれていたし、私の手のゆれるようにテーブルもゆれていたように思えるのよ。テーブルのゆれるのも止るのも、いつも自然に私の手と一しょで、ピッタリ合っていたわ。フシギな力が私とテーブルをピッタリ一ツに合わせて動かしたり止めたり自由自在にしているのが、ハッキリ感じられたと思うのよ」
すると文彦もフシギそうに目を光らせて、
「ぼくも、そうだったと思うなア。変な力が自然にぼくの手をうごかしていたような感じがするよ」
英信は目をむいた。しかし、すぐ暗い顔になった。バカバカしくて、たまらないという顔だった。いつもの陰鬱さで物音もないように立ちあがり、
「とにかく、風守さまが今夜死ぬということは、大変なマチガイです。今夜は決して死ぬ筈がない」
そう呟いて、立ち去ってしまった。
その英信が再び座敷へ戻ってきたのは、どれぐらいたってからであったろう。二三十分はすぎていたろうか。もッとすぎていたろうか。とにかく、特に招かなければ本邸へ来ることのない英信が、それも共通の話題もなく、今まで自発的に遊びに来た例の一度もない子供たちのところへ、再び姿を現したというのは珍しいことであった。
「どこへ行ってらしたの?」
一枝がこうきくと、英信はつまらなそうにソッポをむいて、
「どこへも行ってやしません。苦しくなったから
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