様子はございませんな。坊主の顔が円いほど心が円くないものだときいていたが、奴メ医者を兼業するツモリかね。山寺の坊主、医者をかね、生かしてはとり、殺してはとり。強慾坊主メが。奴メのサジは生きる患者を皆殺しにしてとりたてる一方だて。そして、どんなことを、ぬかしましたか」
「生者必滅は世のコトワリ。顔をそむけて、そう言ったわ」
「憎い奴メが。サジ加減が狂っても、その一言で申訳が立つという奥の手だ。はてさて調法千万な。羨ましい奥の手があったもの」
 良伯はカラカラと高笑いした。こんなとぼけた人物に何を云ってもはじまらないというものだ。しかし光子に気がかりなのは、立ち去りながら英信が呟きすてた一句であった。それは一枝が呟きすてた一句と同じように、なんとなく呪文のような薄気味わるい暗示が含まれているような気持がした。
 光子は良伯の高笑いがやむのを待って、
「笑いごとでしょうか。英信さんは、こんなことも仰有ったわ。生きているのはやさしいが、死ぬのはむずかしいッて」
 良伯は目をまるくした。棒をのんだようだった。しかし、やがてクスリと笑って、
「英信は本当に気がちがったに相違ない。漢方の書物に憂鬱性フーテンというのが奴メの病気に当っている。この反対に発陽性フーテンというのが、まアいくらかオレが近いかも知れんな」
 と苦笑にまぎらして、二人の会話は終りをつげたのである。
 ところが、その晩、光子は珍しく祖父の居間へよびつけられた。一対の燭台をはさんで、この怖しい覆面の人物と相対するのは、それだけでもすでに半ば喪失しかけているような心持であったが、彼女が詰問をうけたのは、英信が彼女に語った言葉についてであった。祖父の言葉が叱責の語気であったとも思われないが、狎《な》れることを許さない語気ではあった。光子の身も心も凍りついて、心の自由の展開がまったく封じられていたのは云うまでもない。彼女はありのままにすべてを語った。それを祖父がいかなる感情で受けとったかは、覆面のため一切知ることができなかった。
「風守について知りたがることは、今後は慎むがよいぞ」
 祖父はきき終って、そう訓戒した。しかし、それで終るかと思うと、そうではなくて、
「だが、お前が風守について好奇心を起すにはイワレがあろう。なぜ風守の暮しぶりが知りたかったか、そのワケを語ってごらん」
 覆面の奥にある目がどんなふうに光って
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