は巻タバコをふかして、静かに新十郎の顔を見つめた。
「石油カンにつめられるまで、三人の死体は別に誰に隠しもせず、そこの戸棚へつめてカギをかけておいただけです」
 一力は広間の戸棚を指して、ニコリともせず、言った。
「そうする以外に手がなかったのです。あの男は、自分の欲するように身の出来事を処理する決断がない人なのです。半生めぐまれたことのないあの男に、はじめて訪れた幸福でしたよ。老先みじかい私が、あの男のたった一度の幸福のためにいくらか手荒なことをしてやった友情を分っていただけば満足です。私は、この世に思い残すことはありません。あなたが、社の帳簿を調べなさったという話をうかがって、さすがに天下名題の名探偵、よくぞ見破られたと、敬服いたしておりました。本日の御訪問はかねて覚悟していたのですよ」
 新十郎は、ニッコリ笑って、
「三本の石油カンはどうなりましたか」
「オモリをつけて海底へ沈めましたよ。銚子沖三十海里。再び浮き上がることはありません。しかし私の負けでした」
 一力がこう云ってアッサリ立ち上る前に、新十郎がアッサリと帽子をつかんで立上った。
「三人は海の底へ失踪したようですな。銚
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