お久美は返事をしなかった。さすがにお園はまだ若いし、母がイコジになるだけ、彼女は冷静に考えた。別に父はなつかしくなかった。自分でもフシギなぐらい父がなんでもなく見えるのである。しかし、血をわけた駒子、まだ別れて生々しい彼女と父と名のる男との意外な関係が妖しい血を顔にベットリ塗られたように薄気味わるく気にかかった。
「とにかく、駒ちゃんに会ってみましょうよ。ねえ、お母さん」
 無感動のお久美には否も応もなかった。そこで人力車をたのんでもらって正二郎の屋敷へついたが、誰知るまいと思いのほか、この車夫の一人はお園の亭主の八十吉とは車夫仲間、バクチ仲間。お園とは顔見知りの仲ではなかったが、お園とその母のメクラ按摩と杖代りの娘については街で見かけて見覚えている男であった。
 待っていた駒子は、母と姉を迎えて大よろこび。自分の部屋へ二人をともなって、くさぐさの話を物語る。駒子に一応まかせるのが何よりであるから、正二郎はわざとそれを見送って、自分は上京中の一力と、まずまず第一段は成功。お龍もよんで労をねぎらい、お龍のお酌で乾杯する。一力も話をきいて感無量。
「そういうものかねえ。しかし、昔のことは
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