いても、大人にきいても、
「知らねえよ」だ。
 男のアンマと女のアンマの年寄夫婦に、若い車夫の夫婦がいるうちはどこだい、と、お龍がキテンをきかして質問の方法をかえてみると、さすがに分った。
 はじめは知らぬフリをして通り過ぎて中をチラとのぞいてみる。ありがたいことに、貧民窟は開けッ放しで、どこも中がまる見えだ。障子に紙などというものが張っておけるぐらいなら、誰が貧民窟に住むものか。一度二度通りすぎて確めてみると、男のアンマも、息子の車夫も、たしかに居ないようである。そして幼い子供たちがギャア/\泣いている。
 お龍がコンチハと訪うと、こういうまる見えの家でも見えないところがあるものだ。勝手口の方から、アイヨ、ダレ? と顔をだしたのは世帯やつれした女。よく見れば若々しいところもあるが、駒子と似たところがなく、利巧さが目に見える顔ではあるが、世帯の苦労で二十の年より八ツも十も老けて見える。どこに伏兵がいるか分らないから、
「この家ですかね。メクラの爺さんと、その息子がいるウチは?」
「ここだけど、男は二人とも出払ってるよ」
 それをきいてお龍は安心。声を落して、
「私はこんなナリをしている
前へ 次へ
全44ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング