々様々な雑音騒音狂音がわき立っているところであろうか。ドブの匂いを主にして甘い匂いも焦げる匂いもボロの匂いも小便の匂いも、実に複雑な匂いにみちたところでもある。ここでは知らない者がみんな闖入者であり、異端者であり、誰でもジロジロ見られたり、わざと無関心にソッポをむいたりされるのだった。どの家もみんな同じだ。家の構えだけがそうではなくて、家の内部に在る物はチャブ台代りがミカン箱であるし、家毎に干してある物は同じボロで、それがオシメであるかシャツであるか見分けのつかないような全てが同じ物だ。狭い路地の、どうしても干し物のシズクをかぶらずに通れないような道の隅に必ず朝顔だのヒマワリが植えてあるのもみんな同じことである。そしてどの軒にも決して表札がないのである。この町内へもぐりこみ訪ねてくるのは巡査とか借金取りとか、どうせロクでもないものに限っているから、表札なぞというものほど無役《むえき》有害なものはないのである。
 方角は駒子からきいてきたのだが、どうして、どうして、この土地の概念を持たないものが世間並に方角などきいてきたって役に立ちやしない。
「梶原さんてえのはどこだね」
 と、子供にき
前へ 次へ
全44ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング