、お龍をとりまきの老妓役にして差しつ差されつの食卓の賑やかさ、たのしさ。正二郎はもはや寸刻も離れているのが堪らなくなり、妾宅をひきあげさせて、その三人をそっくり時計館へ移り住ませた。
 ところが、ある晩のことである。ふと寝物語りに、
「私にはお母さんがいるんですけど……」
 と、別にさしたる理由もなく、何のハズミか口をすべらしたのは、これを運命というのであろう。正二郎のマゴコロが、駒子の心に距ての垣というものを失わせたせいかも知れない。
「身寄りがないときいていたが、お母さんが生きているのか。なぜ早く打ちあけてくれないのだね」
「だって、あんまりひどい暮しをしているものですから」
「娘を芸者にだすほどだから豊かに暮している筈はないさ。それぐらいは心得ているよ。安心して話してごらん。とッくに助けてあげたものを」
「ええ。でも今はメクラなんです。もとは旗本の娘ですけど」
「ほう。私も旗本のハシクレだが、姓はなんと仰有《おっしゃ》るのだね」
「嫁ぎ先の姓ですけど、梶原というのです」
 もしも暗闇でなければ、正二郎の見るも無慙な衝撃の色、駒子の胸に閃くものを与えた筈だが、いかんせん真の闇。ああ
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