、なんたる運命のイタズラか。愛する駒子がわが実の子であろうとは! 駒子は無言の正二郎をいぶかしみ、
「あら。梶原という旗本、ご存じですの? ぶるぶるふるえてらッしゃるんじゃないこと?」
「ナニ、二三その姓に心当りはあるが、お前のお母さんに似た人は、さて、その心当りがあるかなア」
「でも、私は梶原という旗本の子供じゃないのよ。梶原の子供は姉さんだけ。その旗本は寛永寺の戦争で死んだそうです。私の父は望月彦太という旗本」
「望月彦太!」
「ご存じ?」
「きいたことのある名だが」
「そうですッてね。御家人仲間で鼻ツマミの悪《ワル》ですッて。私がきいているのは悪名ばかり。顔を見たこともないのです。父のおかげで、お母さんは今の不幸に落ちこんだのだそうです。泣きの涙にグチられて、子供心に辛かったわ。私が生れてまもなく父に棄てられ、苦しい暮しをしているうちに目がつぶれてしまったのです」
「どこに住んでいるのだね」
「四谷の鮫河橋という貧民窟です。今はメクラの男と夫婦になって、小さい子供がゴチャ/\五人もいるのです。アンマで暮しを立てているのです」
「お前に姉さんがいると云ったが、その人はどうしているのかね」
「駿河橋に一しょにいます。お母さんの手をひくために。そして、今のお父さんの子供と夫婦になっています。車夫ですが、酒のみで、バクチ打ちで、悪党なのね。姉さんが気の毒ですわ。私が芸者になったのも兄さんに売りとばされたんですけど、私を助けるために姉さんがはからッても下さったのです。家に居ればロクなことにはならないでしょう。いッそ芸者になる方が身のためですッてね。身売りの金を手切金に、親子の縁を切るから、母も姉もないものと思って、こんな悲しい家のことは二度と思いだしてもいけませんよッて、そう言われて出たんです」
駒子は姉の厚意を思いだして堪らぬらしく、肩をふるわせているようであった。
駒子の母こそはまさしくお久美であろう。その姉こそは別離の時にみごもっていたわが子であるに相違ない。なぜなら、梶原は寛永寺で死んだと云い、駒子の父はイタチ組の親分格の望月彦太というではないか。正二郎が寛永寺で死んだというのも、彦太の語ったことであろう。
駒子がわが子でなくて幸せであった。しかし、むごたらしい運命があるものだ。ようやくお久美の居処が分ったと思えば、それは愛する女の口からだ。そして愛する女
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