すようになる。庭園といっても、かなり広いが、そう手数のかかった庭園ではなく、別に死者が指し示すにふさわしい何物もない。兄の天鬼はしきりに庭を眺めていたが、訝しそうに、首をうちふった。
「どうも、フシギだな」
 彼は碁盤にちょッと手をかけて持ち上げてみたが、
「フシギだなア。ここで、こう倒れたのだな。こんなものかな」
 彼は死者の姿を再現した。
「オイ。これでいいのか」
「ええ。そう」
「オイ。いい加減を云うな。まちがっていたらそう云え。この場所へ、こんなカッコウか」
 千代は呆れて兄を見つめた。なんて真剣な顔だろう。もどかしさに、噛みつくようだ。目は殺気立ってギラギラ狂気めいた光りをたたえている。そして、死にかけた人間のもがく様子を本当に再現しようとしているのだ。
「およしなさいよ。そんなバカなマネ」
「バカッ!」
 天鬼はたまりかねて爆発した。なんという焦躁だろう。もどかしさに狂い立っているのだ。千代は呆れて、無言のまま兄の姿勢をエビ型に曲げてやった。わざと邪険に手足を折るように押しまげても、彼は妹の手の位置を必死にはかって、余念なく、ただ死者の正しい姿勢を再現するに夢中であった。

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