胆に主張することもできないようなハメにおちこんでしまったのです。甚八をわざわざよんでおきながら女中や下男なみの食事をあてがって、帰りたければ勝手に帰れ、お前なんぞは特別に用のない人間だと人々に思わせたあたりは一歩あやまれば水泡に帰する巧妙大胆な策略でしたろう。また、実演の席で須曾麻呂が甚八をよびすてにして怒らせたのも巧妙な策。腹をたてれば誰しもノドがかわくし、その場の事情やツツシミを忘れて一息にお茶ものもうというものです」

          ★

 虎之介の報告をきいて、海舟は静かにうちうなずいた。そして、何も云わなかった。
 やがて房をよんで、碁盤を持参させた。
「虎は碁をうつかエ」
「ハ。ヘタの横好きで」
「虎のタンテイ眼では、碁がヘタなことは知れている。石の下を心得ているかエ」
「ハ。それを心得ませぬのが、まこと痛恨の至りで」
「石の下とは、こんな手筋だ」
 海舟はサラサラと並べてみせた。それを私が代って読者に解説すると次のようなことになる。



底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
   1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第五巻第五
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