「さア。それから、あなたが前日した通りのことをおやりなさい」
 宇礼はハッと新十郎を見つめた。
「さア。つづけて、おやりなさい。この前、あなたがした通りに」
 宇礼はゾッとすくんだように見えた。新十郎は彼女の前へ三歩四歩近づいて、坐った。
「やるのですよ。この前にあなたがした通りのことを」
 新十郎の視線は宇礼の目にくいこんで放れなかった。決して強い力で睨んでいるのではない。ただ見つめているだけであるが、まったく変化がなく、ゆるむことも、強くなることもなかったし、とぎれることもなかった。よそから見ればなんでもない視線であるが、その一途な粘着力でからみつかれた相手の目には、どうしようもない重さであった。視線は厚みも重さもある棒状のものとなって、目の中へグイグイくいこんでくるし、そこまで意識してしまうと、モチのように宇礼の頭にからみつき、重く突きこみ、こねついて頭全体がその重みだけでつぶれそうになるのであった。
「それ。この前あなたがしたことを、あなたがしてみせなさる番ですよ」
 宇礼の顔はあわれみを乞うのだか、絶望したのだか、新十郎に挑むのだか、わけが分らない顔になった。宇礼はフラフラ立
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