せとなり動かなくなるかと思うと、再び畳をむしりつつウドンまみれに這いずりまわってもがく。
人々が為す術を忘れて茫然それを見ていたのは、それが津右衛門の幽霊の再現だと思ったせいだ。しかし、天鬼は、ふと気がついた。あまりにも真に迫っている。甚八のような威勢のよい職人に志呂足のヘナヘナの術がかかるものではなかろう。
「ハテナ」
天鬼はいぶかしんで、そッと横へまわり、ウドンの汁が手につかないように注意して、甚八の襟をつかんで、顔をのぞきこんだ。
「オッ! これは幽的や病気でもないかも知れんぞ。口から血を吐いているぞ。ひょッとすると、毒をのんだのかも知れねえ。入間玄斎先生をよんでこい!」
報せによって離れから駈けつけた玄斎は甚八の顔をジッと見て、マブタの裏をかえしてみたが、
「どうやら毒らしいね。まず、吐かせなくちゃいけないが、梅酸《うめず》をドンブリかドビンに一パイぐらい持ってきてもらいたいね」
しかし、手おくれであった。梅酸をのんで吐く力もなく、甚八は死んでしまったのである。
東京から出張してきた医師によって、甚八の毒殺は確定した。甚八が毒をもられたとすれば千代が持参したお茶のほか
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