するに至りましたが、それは金庫を開いた当時ではなくて、後刻に至って冷静に考えてからのことでした」
 新十郎は又ニコニコと一同を見廻した。
「今我々は二ツの宝石が海底へ戻ったことを知っております。しかし今日までは今村氏以外の何人もこれを知ってはおりません。したがって、大和君の天眼通にも拘らず宝石が見つからないとすれば、それはどこかに巧妙に隠されているのだと推定せざるを得ません。しからば何人がそれを隠したか。その結論をだしうる人物は船長殺しの犯人だけです。即ち、彼が金庫をひらいた時には、金庫の中には無かったが、船長室のどこかに在った筈であります。したがって、真珠が船長室から掻き消えたのは、彼がそこに立ち去った後、そして事件が人々に発見される以前であります。そして、それに当る時間に船長室にはいった人はただ一人しかありません。今村氏ただ一人です。彼は犯人が立ち去った直後に三十分も船長室を物色しているのです。ところが犯人はその人物を今村氏とは知りませんでした。その人物が八十吉君の船室へはいった故に、八十吉君だと思っていました。その結果はどうかと云えば、日本へ戻った八十吉夫人は、その留守宅を五回も掻き廻されているのです。そして、今村氏を八十吉氏と思いこんでいたのは、清松君一人であります」
 逃げようとする清松は、いつのまにやら後に忍び寄った花廼屋が苦もなく捕えた。田舎通人、いつもながら、この時だけはカンがよい。新十郎は清松を静かに見つめて、
「お前は一同が真珠を分配する時に、腕が痺れているからとトクを代理に出したそうだが、潜水病は偽りで、予定のカラクリではなかったかね」
 観念した清松は悪びれず答えた。
「真珠を手にとって見ているうちに、たしかに潜水病のキザシも起ったのです。しかし何となく切ない気持、淋しい気持で、たまらなくなってゴロリと倒れてんまったのでしたろう。フカシてもらっているうちに、潜水病は二日ぐらいで治りましたが、まだ治らぬ、手と膝が痺れていると偽って、畑中を殺す機会を狙っていたのです。まるで妖しい夢を見ているような気持でした」
 それが清松の告白だった。おキンが新十郎に感謝の言葉をのべて、
「あの強情の今村さんが洗いざらい良くも白状したものですね」
 と、きくと、新十郎はいささかてれて、
「ナニ、さッきの逆をやったんです。つまり清松の告白書をこしらえて、否応なく問い詰めてしまったのですよ。昭和二十三年以後はこんなことはできなくなるそうですがね」
 とは言わなかったという話。

          ★

 海舟は虎之介から真犯人の話をきいて、軽くうなずき、
「そうかい。今村が八十吉殺しの、清松が畑中殺しの犯人かい。まことに意外な犯人だが、畑中を殺して金庫をあけた清松に宝石が見つからなくて、色慾のために八十吉を殺した今村に宝石の所在が分ったことも意外。又、その今村に宝石を盗む余裕がなく、おのずから海底へ戻ったことも意外。その意外を知らず、清松があくまで宝石を捜しもとめることによって自滅したのも、又、意外。実に宝石にからまる不思議は、常にこのように意外なものだ。しかし、深く不思議がるにも及ばねえや。ラムネ玉ほどの小ッポケな奴が何百万円もするのだもの、この世に金の値打ほど不思議を働く物はないのさ。虎も清貧に甘んじて、みだりに富貴を望まないのが身の為だよ。かりそめにも金山を当てようなどと浮気心は最もつつしむべきところだ」
 これ又意外な説教。しかし虎はことごとく謹んで傾聴しているから世話はない。



底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
   1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第五巻第四号」
   1951(昭和26)年3月1日発行
初出:「小説新潮 第五巻第四号」
   1951(昭和26)年3月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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