が、アワビ採りでは抜群の巧者。機械潜水ならば三十尋から四十尋の海底で一時間近い作業をつづけて、殆ど潜水病も経験したことがない。それには体躯に於て恵まれているばかりでなく、用心堅固で、良く身を慎しみ、かりそめにも海を侮ることがないせいである。
 八十吉、清松も血気の若者、海に生れ、海に生きるからには、魔魚毒蛇の棲みかともはかられぬ遠く南海の底をさぐって、白色サンゼンたる大きな真珠を採ってみせたい。畑中の巧みな弁舌に説得されて、雄心やる方なく、協力を承諾したが、海底の勇者は細心である。十尋から十五尋なら裸潜水も不可能ではないが、未知の海ではどういう障碍に会うかも分らない。機械潜水の万全の用意を申しでた。
 八十吉も清松も息綱持ちに各々の細君を使っていた。一般に深海作業になると、とても非力な女などでは綱持ちの大役はつとまらないと云われているが、彼らの妻女はいずれも海女で育ちあがった海底の熟練家。海の底を近所の街よりも良く呑みこんでいる。息綱を握って加減をはかり、海底の良人《おっと》の様子を手にとるように知り分ける名手であった。二人の潜水夫にとっては、かけ代えのない綱持ちなのだ。
 次には呼吸の合った潜水船の船頭が必要だ。綱持ちの要求に応じて敏活に船をさばく両者の馴れが必要なのである。
 又、二十尋の海底で作業するとなると、ポンプ押しに十五六名の屈強な若者を必要とする。これらの人数を全て揃えると、又、使い馴れた潜水船を積みこんで行くことも必要だ。ポンプ押しには船員を代用することが出来るが、船頭の竹造と、八十吉の妻キン、清松の妻トクの三名はどうしても連れで行かねばならぬ。又、竹造の潜水船も積みこんで行かねばならぬ。
 こうして八十吉ら五名の男女は畑中の注意にしたがい、土佐沖へ出稼にと称して郷里をたち、昇龍丸に乗りこんだのである。昇龍丸は誰の怪しみをうけることもなく出帆した。

          ★

 船には女は禁物という。その女を乗せるについては、畑中も甚だ不安にかられた。しかし息綱持ちが彼女らに限るとなれば、どうにも仕方のないことだ。
 日数を重ねて目的の地に近づくころから、彼の不安が事実となって現れてきた。以前の航海ではこれ程のことはなかったのに、なんとなく船全体が殺気をはらんで息苦しい。船員たちが二人の女を見る時には、すでに優しさを失い、最も厭《い》まわしい物を見る
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