。水夫たちは舷側から竹造の潜水船を下す。下し終って竹造と八十吉と清松が乗りこむ。その時、水夫たちは驚きの余り目をまるく、息をのんで棒立ちとなった。
 水夫たちを掻きわけて舷側へ進んで行くのは、キンとトクだ。袖の短いシャツのような白ジュバンに白パンツをはき、頭髪をキリリと手拭で包んでいる。今日は彼女らは綱持ちではない。良人につづいて彼女らも海底を見てくるのだ。息綱を使うには海底の状態を知っているのが要件なのだ。
 彼女らは黙々と梯子を降る。それにしても、この二人の海女の肢体はスクスクと良くのびている。真ッ白な長い脚も美しいが、キリキリと腹帯をしめた細い腰を中にして、胸のふくらみ、豊かな腹部が目を打つのだ。白布に覆われているために、妖しい夢の数々を全てよみがえらせてしまうようだ。
 畑中も小舟にのりこんだ。彼が山立てしておいた海面へ小舟は進んでゆくのである。四名の男女はタコメガネをかけ口中にナイフをくわえて十尋に足らぬ浅海から順次潜水をはじめる。その海底は見渡す限り花リーフの大原野であった。大きな魚が逃げもせず目を光らせているのもあれば、悠々と通りすぎて行くのもある。礁にかこまれた広い砂原にでる。そこに大きな皿を二枚立てたように並んでいるのが白蝶貝であった。近づくとスウと蓋を閉じてしまう。強いヒゲですがりついているから、手でひいても動かない。小刀でヒゲを切って採るのである。リーフ原の海底には急潮がうずまいて、相当に翻弄される。しかし、色彩が豊富で、美しく、魔魚毒蛇の幻想に悩むことがないのであった。
 十米から二十米、三十米の海底に、綱につけた四貫ほどの鉛を抱いて急降下する。降下の途中は暗黒だが、底につくと、明るくなる。その辺が彼らの仕事の地点で、うすく白砂に覆われた砂原が点在し、白蝶貝の巨大なのが、いたる所に皿を立てているのであった。
 四名は、一団にかたまりつつ、四時間ほども海底を潜りつづけた。二人の海女が海面へ浮上して一息つくたびに、昇龍丸の水夫たちはカタズをのんでその顔だけの女を睨みつづけていた。五百米も離れている。その顔は白い鉢巻がそれと分るぐらいにすぎないが、彼らにとつては数々の幻想のくめどもつきぬ泉であった。
 その彼女らを水夫にも劣らぬ情炎をこめて飽かず眺めていたのは今村であった。彼とてもまだ三十の青年だった。通辞といえば、その職業柄、そう堅くもない生活に
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