暮し、だいぶお前よりは大人だから目は肥えている。あの大和は実に驚くべきインチキバクチの天才だよ。何年となく負けつづけているこの船の乗員どもが、今度こそは大和に勝てるという気持をすてることができないのは、よほどバク才のひらきが大きいからだ。今にしてやられるに極っているから、今のうちにやめなさい」
「アッハッハ。海の底が仕事場のオレたちには、水の上じゃア虎や狼とでも遊ぶ気持になりまさア」
大胆不敵な清松はとりあわない。大和は清松の気質をのみこんだから、こ奴め良きカモ、今に鼻面をひきずりまわしてやろうとほくそ笑んで、先を急がない。大悪党の大和は時期を心得て焦らないが、ここに五十嵐という図体の大きな力持ちの水夫が、女色に飢えて、ひねもす息苦しい思いをしている。トクとキンの姿を見ると思わず抱きつきたい程の逆上的な衝動に襲われるのである。清松の太々しいバクチぶりに相好をくずすのは五十嵐であった。
「オイ。ナ。オレの真珠の儲けをそっくり賭けるから、お前は女を賭けようじゃないか」
一日に二度も三度もこれを持ちだす。清松の方は驚きもしないが、これをきいてサッと緊張し、たちまち血相が変ってくるのは一座の水夫どもである。思いは同じ、焼けつくような情念なのだ。これをきいて悠々とせせら笑っていられるのは大和だけであった。
「よさねえか。色ガキめ。潜水夫と綱持ちは一身同体のものだ。この野郎が夫婦喧嘩を始めちゃア、こちとらの真珠がフイにならアな。慎しみをわきまえぬ色ガキったら有りゃしねえや」
大和は五十嵐をたしなめておいて、清松に向い、
「この野郎どもの思いつめた顔附を見なよ。一様に血相変えてカタズをのんでいやがる。大事の女房を部屋から出すんじゃねえや。こいつらは女に飢えた狼だからな。男だけの船へ女房つれて乗りこむお前も大馬鹿野郎だ」
酔いどれても大和は落附きを失わなかった。そのお蔭で波瀾もなく、昇龍丸は目的の海に辿りついたのである。
★
今日は作業の第一日目。まだ本作業にはかからない。裸で潜って海の底を見てくるのだ。八十吉も清松も白蝶貝を知らないのだ。南洋の岩礁の状態についても何の知識もないから、今日は海底見学というわけだ。
陸の山々はジャングルに覆われて真ッ黒だ。やがて昇龍丸と陸地の中間に黒い岩が波に洗われつつ頭をだしている。いよいよ干潮が近づいたのである
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