察に来た。彼は花田医院の院長であった。決して親類ではないのである。
 花田がくると、彼は未亡人の居間で酒をのみ、赤い顔をして帰る例であった。未亡人はゆすられているらしい。咲子は一也の話で、謎が氷解した思いであった。亡父権六の癩病、発狂、自殺、という事実を知っているのは花田だけなのだ。そして彼が、病死というニセ診断書を書いたのである。咲子はそこに思い当った。
 正司は次男であった。キク子の上に博司という今年二十七になる長男がいるのである。ところが、彼は日本には居ない。父が死んでまもなく、百ヶ日もすぎないうちに、外国へ行った。そして五年になるが、まだ帰ってこない。そればかりでなく、向うの女と結婚して、もう帰国する意志がないらしいという話なのである。未亡人もキク子も、兄は死んだものと、すでに諦めきっているようであった。まったく、この家族たちの感情の上では、兄はもう居ないもの、帰らぬもの、死んだものときまっている様子である。咲子は生きている兄がいると知ったときに、信じられないような気持であった。その謎も、どうやら、解けるではないか。咲子は思い知った。博司は生きて日本には帰ることができないワケが
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