いるなア、この事件は」
と、相好をくずし、口からヨダレをたらして虎之介が言いたてようとするのを新十郎は制して、一同は案内を乞い、浅虫家の奥の間へ通る。古田巡査を廊下へ立たせて見張らせ、未亡人とキク子の二人をよんで相対した新十郎。
「奥様。土蔵の中へ御案内下さいませぬか」
と、単刀直入。未亡人はキッと構えて、
「イエ。それは相成りませぬ。人様には見せられぬ秘密の品々がありますから」
「それは分っております。ですが奥様。五年間辛苦なさった万引の品々が見たいと申すのではございませぬ。その品々がおさまる前から在ったもの。万引常習者を装い、その品々を土蔵に積んで、人々の立入りを禁じる自然の口実をつくって、万人の目から隠さなければならなかったもの。又、この居間で他の御家族と別に、奥様お嬢様だけで食事なさらなければならなかった理由をもつもの」
そう言いながら、新十郎の目は優しくうるんだ。
「御心労の数々、敬服も致し、衷心より御同情もいたしております。私どもは警察の者ではありませぬ」
新十郎はくつろいでみせた。
「御当家へはじめて参りました時から、土蔵の中にある人物が五年間生きて暮していること
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