下へ落ちたものらしい。
喧嘩して落ちて両方死んだのだから、仕方がない。ところが妙なことに、花田の方には変ったことは何もないが、野草の住所が分らない。浅虫家では誰も彼の住所を知る者がなかった。未亡人にきいてみると、彼は住所を誰にも言わなかったし、きき忘れてもいたというのである。野草の懐中からは手の切れるような十円札の百枚束、千円という大金のフクサ包みが出てきたが、立派な和紙で包まれていて、小銭入れと別になっているのを見ると、人にやる金か、人から貰った金か、特別な金であるらしく思われる。所轄の警察ではちょッと臭くも思ったが、喧嘩両成敗で、二人ともに死んだ以上は文句はない。ただ野草の屍体の引取人が現れるのを待っていた。
新聞の記事を見て、野草の女房がひきとりに来た。水商売あがりのまだ三十に二ツ三ツ間がありそうな若いちょッとした美人。大そう着かざって、威張った女だ。
「変だねえ。オレは殺されるかも知れないと、この人は口癖のように言ってたんですよ」
「誰に殺されるといっていたのだネ」
「さア。誰だか知りませんが、医者の奴がいやがるから、危くッて、お茶も呑めやしねえなんて言ってたんです」
「そ
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