その悲しさ驚きはいかほどであったであろう。それを思えば、未亡人がそれとなく咲子をいたわる気持が、その表現がさりげないだけ、深い同情がこもっているような気がしないでもなかった。そして、今も尚、気品高く凛然たる未亡人の姿を見、その裏にこの悲しさが秘められていると思えば、咲子も我が身を省み、自分もこの運命に辛抱し、悲しさに堪えるべきではないかという考えにもなるのであった。
 この家をでて尼になろう。そんなことをトツオイツ考えながら、一日は二日になり三日になり、ニンシンの知れないうちに胎児をおろして、と思い焦るうちに、未亡人の目にニンシンを見破られてしまった。胎児をおろして尼寺へかけこむことも、もはや不可能となったのである。
 身分ちがいの嫁と思えば肩身もせまかったが、こうなってみると気が強い。と云って、凛然たる未亡人の気品には勝てないし、ひどく虚無的なキク子にも圧倒されざるを得ないが、弟の一也の皮肉だけは、もう怖くはない。むしろ、こうなると、家族の中で一番気のおけない相手であった。
 一也が書生に似合わない舶来の写真機をいじくりはじめたから、
「一也さんも、万引やるんじゃないの。あなた方には
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