。決して悪意があって隠していたわけではない。オレだって、父が癩病を苦にして狂って自殺したときには寝耳に水、その呪われた運命に茫然としたものだ。父が死ぬまで、そうとは知らなかった。父だって、それまで、そうとは知らなかったのだろう。知らなかったからこそ、発病して、にわかに気が狂うほど驚き逆上したのだろうよ。どうか、我々の悲痛な気持を察して、カンベンしてもらいたい」
 こう打ちしおれて詫びられると、咲子も愛情のない良人ではない。しばしは返す言葉もない。思わずホッと溜息がもれてしまう。
「癩病って、顔も手足もくずれるそうじゃありませんか」
「そんな話をしてくれるな。今に我身もそうなるかと思えば、毎日鏡を見るのも怖しいばかりだよ。はじめはオデコや眉のあたりがテラテラ光って、コブのようにかたくなるということだ。父の死んだときは、オレはまだ十八という若い時で、癩病などは何も知らないから、父のどこに異状が現れたのか、気がつかなかったが、毎朝、鏡を見るときのオレのおののく切なさ苦しさを察してもらいたい」
「それにつけても、兄様は正直、潔白な人格者ですよ。離れがたい愛人の方と別れて、外国へお去りになったで
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