を知っているのは、オノブサンと私だけ、ほかの女中は知りません」
 と、ツネは意味深長にシタリ顔をして笑った。三人はすでにオノブサンなる女中には会っているのであるが、浅虫家の郷里の女では年は四十、甚だ冷静沈黙で、殆ど何も語らなかったのである。
「そのお嬢さんのオナカの子はどう始末をしたのだね」
「私がヒマをもらうまでは、まだその儘だったと思いますよ。花田先生がついておいでだから、いつでも、どうにかなったでしょうとも」
「胎児の父は誰だと思うかね。思う通り、言ってごらん」
「それは分りやしません。ですが、奥へ出入りする男といえば、旦那様、お兄様、花田先生、この御三方のほかにはありません」
「博司さんの男友だちは」
「そんな方は奥へ出入りなさいません」
 意外なことが分ったが、最も重大な人物博司は海外に退去し、今や秘密を知る唯一の人物、植木屋の甚吉はまったく行方が知れない。こうなると、海の外まで追って行くことはできないから、どうしても植木屋を探さなければならないことになった。再び親方を訪れて、
「どうだろう。甚吉の友だちというのは居ないだろうか」
「それが、それ、先日もお話いたしましたが、生意気な野郎で、名人気どり、仲間を怒らせやがるばかりで、仲良しなんて一人だって居やしませんや。色女なら一人ぐらいは居たかも知れませんが、あッちこッち手当り次第、別にこれという極った女は少いようで。あの野郎ばッかりは、こッちで身を堅めさせてやろうという気持になりませんや。フン、という顔をしやがるのでね。ウチのカカアなんぞ、一度親切気を起したばかりに、ひどく腹を立てましたよ」
「そうかい。それでは内儀に会わせていただこうではないか」
 内儀は五十がらみの中々品のよい女。職人の内儀に似合わず、タシナミがあるらしい様子。
「さア。甚吉の親しい仲間は、私も目がとどきませんで、心当りがございません。なんしろ同輩よりは一枚も五枚も上のツモリで、フンという顔をしておりますから、友だちはできません。同輩のバカ話の話相手にも加わりませんから、甚吉がどこで何をしているのやら、何を思っているのやら、それも誰にも分りやしません。実際腕はよいのだから、まア仕方がなかろうというわけで、御近所に、今は零落なさッていますが、元は二百石とりの武士のお方のお嬢さんが、躾けもよく、よく出来た方で、こういうお方なら甚吉には向くか
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