なくとも、野草の子供と名乗れば、若干匂わすだけで先方はふるえあがって千両包むはず。奴め、こう悪智恵をめぐらした。
そこで母の記憶をたどり、横浜のオ月ドン、荏原郡矢口村のオキンドン、浅虫家の故郷から来ている何々ドン、何子チャンというのを手がかりに雲をつかむような捜査をはじめた。路銀を工面しては東奔西走、よほど悪智恵にたけ、手腕にたけているらしく、十日もたつと、なんなく秘密のアウトラインを探りだしてしまった。
浅虫の先代は癩病を苦にやんで発狂して自殺した。それを普通の病死と称して世間をごまかしたのは花田医師の助力である。さすれば花田がゆすッていたのは当然のこと。益々もって父と花田は浅虫家によって謀殺されたに相違ない。この殺人の証拠を握れば、毎月千円どころの段ではない。浅虫家の大身代を半分もらうのもお易いことだ。実に大運が降ってわいてくれた、とほくそえみ、更に殺人の証拠を握るべく、努力しようと思ったが、これは素人が外部からのぞいただけでは、とてもどうなるものでもない。ええ、当って砕けろ、と浅虫家へのりこみ、わめきたてると、未亡人はキッと制して、
「花田さんとお前の父御を当家の者が殺したとは、何を証拠にお言いだい。無礼のことを申すと、その分には捨ておきませぬぞ」
証拠といわれるとグッと詰って、こればッかりは、どうにも言い返してやれないから、
「エエ、畜生め。何が証拠がいるものか。癩病やみの血筋の秘密を握られて二人の男を殺したと言いふらしてやるから覚えていやがれ」
「なるほど当家は癩病の筋には相違ないが、人殺しと言われてはカンベンはなりませぬ。出るところへ出て、もう一度、同じことを申してごらん。癩病は当家ののがれがたい運命、それは覚悟いたしているから怖れはせぬが、人殺しと言われてそのままに済まされぬ。訴えて出るから、さ、一しょにおいで」
「フン。バカめ。誰が警察なんぞへ出向いていられるか。癩病は当家の筋だとハッキリいったな。その言葉を忘れやしめえ。明日から日本中駈けまわって喚きちらし言いたててやるから覚えてやがれ」
「待ちなさい」
未亡人は静かに制して、
「お前の父にはその口封じに月々千円のお金をあげていたが、お前がその秘密をまもってくれるなら、お前にも父と同じことはしてあげよう。秘密はまもってくれるだろうね」
「ハナからそう出てくれるなら、何も余計な口は動かしません
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