が死ぬまで浅虫家のことは知らなかったが、先妻の婆さんには思い当るフシがある。浅虫家の先代は何かで急死したのである。野草は案外口が堅くて、癩病のこと自殺のことを先妻にもらしていなかったが、ただならぬ屋敷の様子で、何か大きな曰くがあることは察せられたのである。
 毎月千円という大金を五年間もゆすッていたとは驚くべきこと、いかに先方が大金持にしても、よほどの秘密に相違ない。それほどの大秘密を握っている人物を生かしておきたくはないから、これは殺されたと見るのが正しいようだ。この秘密は先代の急死に関係していることだから、その秘密を出入りの医者が握っているのは当然のこと。そこで秘密を握っている二人が、自分一人でうまい汁を吸いたいのは人情であるから、二人で殺し合いをしたようにも考えられるが、浅虫家の立場から考えてみると、二人一しょに殺してしまえば永久に秘密の洩れることがなくなるのだから、二人を殺してしまいたいのは更に必死な願望であるに相違ない。
 野草の長男はちょッと才走った兄チャンで、人間と一しょに三ツ四ツ崖の石が崩れて落ちたのはおかしい。シンコ細工の崖じゃアあるまいし、人間が多少喧嘩なぐりッこをしたところで地震が起りやしまいし、コチトラはトビだから、崖を見れば分る。浅虫家の崖は念入りの石組み、人間が足をすべらしたって、石が一しょに崩れるような細工じゃない。これは、そこへ登ると落ちるように仕組んだ者があったに相違ないと睨んだ。そこで三人、警察へ乗りこんだのであった。
「しかし、よくまア憎い二人を一しょにそろえて、あつらえ向きに仕掛けの石の上へ乗せることができたものだな」
 と警官は笑って、
「お前の父は浅虫家をゆすっていた悪者ではないか。よくまア畏れ気もなく、そんなことが言って出られたものだ。その話しぶりじゃア、ゆすられている浅虫家が大悪者で、ゆするのが当然というようじゃないか」
 と、ひやかされて追い返された。
 そこで野草の長男は考えた。フン、警察の奴はうまいこと教えてくれた。犯人なんぞをふんづかまえても、一文にもなりやしないが、浅虫家の秘密を握れば、毎月千円には確かになる。こんな大モウケは当今ほかに落ッこッているものか。ちょッとはモトデがかかったって、秘密を握れば〆たもの。五年前に雇人がヒマをもらッたというから、それを探してきいて廻ると、必ず何かが掴めるだろう。全部は掴め
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