ける初々しい色気が溢れたっているのであった。咲子も思わずその美しさにひきこまれて、ウットリと、うれしい気持になる。けれども、その血のことを考えると、どうにも切なく、可哀そうで、たまらない気持になるのであった。
そして、ただ一人、うきたつ人々に背をむけ、たのしげな姉に皮肉な視線をジッとそそいでいる一也の心が、うなずけもするのである。あの血を負うて、うれしい嫁入りとは。怖しく、暗くもなろうではないか。あの血を承知でキク子を貰う花田医師の心が解せなかった。あるいは神のようにひろく大きな愛の持主なのだろうか。あの粗暴な礼儀知らずにも拘らず。あるいは、又、一也が疑っているように、悪魔の心の人であるなら、花田は何を企み、何を狙ってキク子を嫁に貰うのであろうか。考えてみると、あまりにフシギで、あまりに陰惨で、人の世の常識にかけはなれすぎている。まるでワケがわからなかった。ただ、何か悪いことが起らぬようにと、咲子は小さな胸をいためていたのである。彼女の胎内でも子供は育って、これも次第に生れる日が近づいていた。
★
あと十日ほどで結婚式という浅虫家にとっては慌ただしい一日のことであった。
白金の浅虫家の庭は下から五十尺余という高い崖になっているのである。その崖下に住んでいる人家に働いている人の目の前に二人の男が上からもつれるように落ちてきた。一しょに崩れたらしく三ツ四ツ崖の石が人間と一かたまりに落ちてきた。下の家では今庭普請で、たくさん庭石を寄せ集めた上へ落ちたから、たまらない。人々が直ちにかけつけた時すでに虫の息、医者をよぶヒマもなく死んでしまった。一万余坪の大邸宅、下からグルッとまわって、浅虫家へ報らせるまでが大そうな道のり。浅虫家の人が報によって駈けつけてみると、死んでいるのは、花田医師と野草通作であった。
花田は昼から酔っていた。そこへ野草が来た。花田は飲んでいるが、野草はお茶にも菓子にも手をふれないという用心堅固な人物。妙なグアイなところへ、ちょうど家にいて写真機をいじくっていた一也が珍客到来と二人を庭へひきだして撮影をはじめた。広い芝生で撮しているうちに、酔った花田が何か言ったことから野草と口論をはじめた。一也は撮影がすんだので、口論している二人を庭へのこしてサッサと室内へ戻ってしまった。二人は崖の上へ来て争論のあげく、足をふみすべらして崖
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