しい方の女に向って乱暴しようとした。人々に距てられ、女中風なのが彼女を抱くようにかばって、夢之助の楽屋部屋へつれこむ。この一座で自分の部屋を持っているのは座長と夢之助だけである。それから、どうなったか、みんな多忙をきわめているから注意している者もなかったが、二三時間後に、女中風の女の方が、奥さんはどこだろう、と方々ウロウロききまわっていたが、誰も女の行方を知っている者がなかったらしい。女中風の女はあきらめて帰ったようである。
 午後になって、いつごろからか、一人の若い女がブラついていた。この女は先程の二人づれとは関係がないらしいが、キリッと美しい女で、年の頃は二十前後である。午後二時ごろ、荒巻敏司が現れて、夢之助の部屋へ行った。まもなく悲鳴が起ったが、人々がかけつけると、すでに女の姿はなく、荒巻が慌てて外套をぬいだり洋服をもんだりしていた。女が荒巻に硫酸を投じて逃げたのであるが、荒巻は外套をボロボロにしただけで、怪我はなかった。夢之助はそのとき小屋に姿が見えなかったので、これも別条ない。
 以上のような二ツの怪事が飛龍座の留守番によって報ぜられた。梅沢女剣劇一座は昨二日来横浜に興行中で
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