たのは、両親が彼の前途に見切りをつけ、退校させて、故郷で実務につかせるためであった。彼は旅装をととのえて家を出ている。家人は彼が東京を出発したものと信じている。
 その三。小山田新作は意外にも三ヶ月前から梅沢女剣劇一座の座附作者をしている。
 さて、その次にもたらされた報告が奇ッ怪をきわめているのである。これは梅沢女剣劇の小屋へ探偵にでむいた班からの報告である。
 女剣劇のかかっていたのは、浅草六区の飛龍座というバラック造りの劇場の番附には入れてもらえぬ悲しい小屋だ。浅草奥山が官命によって取払われたのは明治十七年、その代地として当時田ンボの六区が与えられたが、区劃整理して縦横に道を通じて後、ようやく五六軒の名もないような小屋と、十軒あまりの飲食店などができたばかり、当時は新開地とよんでいたが、今の六区には比すべくもない田ンボの中の小さな遊園地である。一二年後に常盤座ができて、やや劇場らしい劇場が存在することになったが、そうなると、それまでのバラック小屋は年々とりこわされて新しく装いをととのえ、草分け当時のバラックの名は知ることのできないのが多い。飛龍座はまアいくらかマシな小屋であった。
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