サを決して一人で外出させぬように命じたから、十一月五日以後というものは、どこへ出るにも母か女中がつきそい、ヒサは身の自由を失うに至ったのである。
 中橋は毎月の晦日には、一月の仕事を整理して、多忙な一日を終り、おそく妾宅を訪れて、一二日ノンビリして行くのが例であるから、ヒサの母は心配して、
「今日は晦日だから、旦那がお見えになるよ。二時か三時には間違いなく帰っておいで」
 と出がけに念を押すと、
「わかってますよ」
 とヒサは笑って出かけた。
 ところが夕方四時ごろになって、女中がボンヤリ一人で帰ってきたから、
「オヤ。あんた一人? ヒサはどうしたのさ」
「え? まだお帰りじゃアないんですか」
 女中は顔色を失ったが、
「そうそう。それじゃア、長唄のお師匠さんの方へお廻りだわ。そう仰有《おっしゃ》ってたの。ちょッと見てきます」
 と云って、すぐとびだした。そのまま二人は夜になっても帰ってこない。
 夜も更けて、十時ごろ、中橋は自家用の馬車で乗りつけたが、ヒサが見えないので烈火の如くに怒った。そうなるだろうと怖れなやみぬいていた母親は二三十分間というもの半日用意の文句でなだめつ、すかしつ
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