には、荒巻が外套をボロボロに焼かれて後、三時ごろ夢之助に会った。二人はすぐ夢之助の根岸の家へ行き、酒をのんで、五時ごろにはもう枕を並べて寝たのである。以上が荒巻の陳述であった。
彼が十一時から二時ちかくまで露月にいたことは、その人々によって証明された。たしかに荒巻は一人であった。その日、ヒサが露月に姿を見せなかったことは事実であった。
夢之助の陳述はこうである。
彼女が楽屋で荷造りしていると、部屋の外に騒ぐ音がきこえて、二人の女が這入ってきた。一人はよく見かける顔であるが、一人ははじめての顔でヒサだとは知らない。ヤスがちょッとかくまって、というので、どうぞと中へみちびくと、ヒサは気分が悪いらしく蒼ざめて苦しそうだから、水をのませて、横にさせ、有り合せのものをかけてやったりした。
その後、夢之助は養母の荷造りを手伝ってやったり、他の人々の世話をやいたり、部屋に病人を残したまま方々かけまわっていた。いつのまに病人が居なくなったか気がつかなかったし、気にかけもしなかった。すッかり忘れていたのである。一時ごろ、伴《つ》れの女が訊きにきたが、彼女は知らないと答えた。
まもなく横浜の興行主が打ち合せにきたので、彼女と母と小山田の三人で料理屋へ興行主を誘い、用談を終えて三時ごろ小屋へ戻ってきた。留守中に荒巻が硫酸をぶッかけられる事件があったというが、彼女はその時居合せなかった。
荒巻と彼女はさっそく根岸の自宅へ戻って、用が一先ず片づいたので、酒をのみ、五時ごろねむった。彼女はやがて荒巻と結婚するつもりである。荒巻がヒサという女と関係していることは知っているが、ヒサは彼に愛想づかしをしており、そのために彼の気持は一時|荒《すさ》んでいた。特に中橋に誓約書をとられて以来、ヒサの態度は次第に冷淡になり、そのために、彼の愛情は夢之助に傾いて、彼が帰郷するについて、正式に結婚したいということを持ちかけていた。養母への義理があるので、直ちにとはいかないが、なるべく早く結婚すべく、二人は手筈を相談していたのである。以上が夢之助の陳述であった。
これによると、二人の告白は、男女間の愛情問題に於て甚しく見解が相違している。他の点に於ては、食い違いがない。捜査する身にとっては、この食い違いが玉手箱。開けないうちがお楽しみで、しばらくそッととっておいて、捜査を先へ進めてゆく。
小山田新
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