リして、
「オレに礼を云うことはない。人を馬鹿にしておる。さッさと行け」
「ヘイ」
二円もらえば、文句はない。捨吉は老人の小言をきき流して門をでたが、切り通しを降りるころから考えた。浜町といえば、そう遠くはない。一ッ走り、届けるのは何でもないが、二円の祝儀がタダゴトではない。中橋英太郎といえば、今は時めく出世頭の一人。海外貿易商事や興行物ですごいモウケをあげているという評判の旦那だ。ズッシリ重い行李の中身は分らないが、虫蛇お化けでないことは確か。あるいは密貿易の秘密の財宝であるかも知れない。行李を預った車夫がモーローの捨吉だとはお釈迦様でも御存知ないから、次第によっては、そっくり頂戴に及んでもめったに発覚の怖れもなかろう。とにかくたって今夜の中に届けるにも及ぶまいから、まず一夜お預けをねがってゆっくり中身を拝ませていただこう、と、下谷万年町の貧民窟の自宅へ行李を持ちこんだ。
誰も嫁になる者のないヤモメ暮し。こういう時にはグアイがよい。途中の酒屋で買ってきた貧乏徳利から茶碗酒をガブ飲みして、ホロ酔いキゲン。充分に雰囲気をつくって、宝物を拝もうという捨吉にしては上出来の分別であったが、ヤッコラ、ドッコイ、スットコ、ドッコイと縄をといてフタをあけると、捨吉の奴、尻餅をついて腰をぬかしてしまった。中から現れたのは、見るも無残な女の他殺死体である。
捨吉はピックリ仰天、一夜マンジリともせず死体のかたわらで考えあかしたが、よい思案がうかばない。夜の明けきらぬうちにどこかへ捨ててしまおうと車にひいて街へでたが、悪事には馴れていても度を失うと日ごろのような気転がない。捨て場に窮しているうちに、お巡りさんにつかまってしまった。
★
所轄の警察ではアッサリ捨吉の犯行ときめて、殺された女の身元さがしだけにかかっていた。美女ひとりとみて、手ごめにして殺したもの。モーロー車夫のよくやることだ。殺しッ放しに捨ててこず、行李詰めにしたのは、自宅へひきこんで手ごめにしたためだ。こう簡単にきめこんだ。
たった一人、若い巡査が不審をいだいて、念のため、捨吉の申し立てる中橋別荘へ辿って行って、別荘番にきいてみると、意外、彼の申し立てが真実とわかった。しかし、別荘番の言うことも変っている。
「御訊ねの通り、まことに人を小馬鹿にした車夫のふるまいですが、いったい、奴めが何を
前へ
次へ
全25ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング