。この無抵抗の状態が何によって起るかと云えば、メスメリズム、即ちかのヤミヨセに於て信徒が夢見心持に踊り狂い怖れ伏すのや、狼に食われたと思うのや、すべてこれをメスメリズムの現象と申すのです。したがってこの犯人はメスメリズムを知らなければなりませんが、かの月田夫婦の如く甚しく不和の夫婦仲でメスメリズムをかけるのは不可能なこと、即ちメスメリズムの術者たる犯人は当然教団に関係ありと見なければなりません。ヤミヨセの司会者世良田は明らかにメスメリズムの術者であります。のみならず、牧田さんの正確無比の観察によれば、まち子をヤミヨセにかけるとき、快天王は弱々しい幼女の声で、こう叫ばれたと云います、即ち、アラ、ダメヨ、赤い頭巾をかぶせないで。目が見えないわ。ゴメンナサイ。ゴメンナサイ。そして幼女の声はたまぎるように泣きだしたそうです。ヤミヨセの他の例から判断して、この幼女はまち子自身であり、幼女の言葉はまち子の宿命を語っているのだと思われます。快天王の告発や呪いは主として事実や宿命と関聯なくデタラメに怖しいことをのべたてる場合が多いかも知れませんが、まち子の場合に限って他の人の場合とは異りまして、今夜これから殺すばかりの時に際しての予言であり、世良田の言葉に実感がこもっていたのは自然だろうと思います。少くとも、こう見ることによって、全てがあまりに事実と一致しているのです。快天王はまち子に赤頭巾をかぶせると云われましたが、これはフランスに有名なシャルル・ペロオの童話、フランス人なら日本人のカチカチ山と同じように知らない人のない童話です。赤頭巾は森のお婆さんの病気見舞に行って狼に食い殺されてしまうのですが、あの殺人の現場、あの深山の密林のような静かさと藁屋根のアズマヤこそは、赤頭巾の殺された森の中の小屋をいかにも暗示している如くではありませんか。私はこの予言によって第三の殺人も世良田こそ唯一の下手人と断定しました。尚蛇足ながら、快天王の声は世良田の発しているもので、西洋で腹話術というごく有りふれた芸なのです」
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虎之介から真犯人の報告をきいて、海舟は苦笑して言った。
「そうかい。なんのことだい。第一第二の殺人に被害者が抵抗なく殺されているのはメスメリズムのせいだというのは、オレがちゃんと見ていたことだが、第三の場合に限ってそれを忘れたとは、バカなことがあるものだ。だが新十郎はチミツな頭だよ。オレがバカなのさね。つまりは、全作とミヤ子のそれらしさに眩惑されたのがバカ。つづいて無抵抗がメスメリズムのせいであるのを、この場合に忘れたに至っては大バカさ。イエさ。大そう学問になりましたよ。こんなマチガイをしでかすのは、単にその時に限ってのウカツさではすまされません。つまりこの方にいまだ至らざるところがあるからさ。これはどうも実に判然とその事実を認めないわけに、いきませんやね」
虎之介は海舟の自戒の深さに敬服し、あわせて、居ながらにしてほぼ大過なく事の真相を見てとっている心眼の深さに敬服、ああ偉なる哉と目をとじ頭をたれて言葉を忘れているのである。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第四巻第一三号」
1950(昭和25)年12月1日発行
初出:「小説新潮 第四巻第一三号」
1950(昭和25)年12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月11日作成
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