ざめ、死刑の絶望のために半ば気を失いながら、脂汗をしたたらせて、よろめいて、いざりでてきた。見ると先の密偵、牛沼雷象である。これを見てガタガタふるえだしたのは泉山虎之介。必死にふるえを止めようとするが、止まらない。
 にわかに子供の声はおびえたって、
「こわいよう。ごめんよう。目をくりぬいちゃイヤ。舌をぬいちゃイヤ。焼火バシを目にさしこむのごめんよう。ア、ア、ア」
 なんという怖しい子供の断末魔の悲鳴であろう。地獄の責苦をうけているのであろうか。きく者はゾッと身の毛がよだつものすごさ。雷象がアッと気を失いかけると、
「ウォ、ウォッ」ととびかかる狼の声。ギャギャッとたまぎる雷象の悲鳴。大ロウソクの光がパッと消えてしまった。ミコが立ってサッと消してしまったのである。
 すべては闇の底に沈んだが、雷象の息絶え絶えの苦悶によって、目に見るよりもむごたらしい死の情景がありありと分った。雷象は血の海の中をころがりまわっていた。彼のノドはすでに食いとられ、今や腹を存分に食い荒されているのである。かすかな悲鳴を一つのこして雷象の息は絶えた。
 光がついた。雷象は死んでいた。どこにも傷もなかったが、まさしく、月田まち子がノド笛を食いとられ、腹をさかれて惨死したとちょうど同じ恰好で、息絶えていたのである。
 ミコが立って、彼の身体をさするうちに、彼は息を吹きかえした。ふと気がつくと、世良田の姿はすでにそこには見えなかった。

          ★

 虎之介は長い話を語り終った。話が長いところへ、今まで見聞のなかった特殊な事柄を語るのだから、一々メモと首ッぴきに長考連続、ついに半日語りつづけた。
 すでにしぼる血をしぼりつくした海舟、しかし寸分の油断もなく耳をすまして聞き終ったが、静かに熟考しばし、フッと我に返って、虎之介の顔をなでるように打ち眺め、
「実に意外な事件だなア。世良田摩喜太郎は小藩の出ながら稀代の逸材、よく薩長とレンラクして倒幕にはたらいた奇才であったが、そのころ二十一二の小僧だったそうな。薩長の生れならばつとに国家の柱石たる人物だとオレは睨んでいたが、生れが悪いと、根性もひがむ。今日ここに至ったのも、大藩の出でなかったことが、彼をして世にすねさせたのだろうよ。幸三と佐分利母子、この三名斬殺した者は、言うまでもなく世良田摩喜太郎さ。彼はいかに落ちぶれても、大本の心棒に於
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